・・・が、もし強いて考えれば、己はあの女を蔑めば蔑むほど、憎く思えば思うほど、益々何かあの女に凌辱を加えたくてたまらなくなった。それには渡左衛門尉を、――袈裟がその愛を衒っていた夫を殺そうと云うくらい、そうしてそれをあの女に否応なく承諾させるくら・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・私たち夫妻を凌辱し、脅迫する世間に対して、官憲は如何なる処置をとる可きものか、それは勿論閣下の問題で、私の問題ではございません。が、私は、賢明なる閣下が、必ず私たち夫妻のために、閣下の権能を最も適当に行使せられる事を確信して居ります。どうか・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・口でこそそれとは言わんが、明らかにおれを凌辱した。おのれ見ろ。見事おれの手だまに取って、こん粉微塵に打ち砕いてくれるぞ。見込んだものを人に取らして、指をくわえているおれではない。狙らった上は決して免がさぬ。光代との関係は確かに見た。わが物顔・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・アグリパイナは、唇を噛んで、この凌辱に堪えた。いつの日か、この目前の男性たちすべてに、今宵の無礼を悔いさせてやるのだ、と心ひそかに神に誓った。けれども、その雪辱の日は、なかなかに来なかった。ブラゼンバートの暴圧には、限りがなかった。こころよ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・長兄愚にして、我れ富貴なりといえども、弟にして兄を凌辱するは、我が金玉の身によくすべからず。ここに節を屈して権勢に走れば名利を得べしといえども、屈節もって金玉の身を汚すべからず。あたうるに天下の富をもってするも、授くるに将相の位をもってする・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
出典:青空文庫