・・・ 芸術は、凡俗生活に対する反抗からはじまったと見るべきが本当であります。今日の文化が、兎も角もこゝまで至ったのには、この向上生活のいたした集積ともいうべきです。政治に依る強権は、一夜にして、社会の組織を一新することができるでありましょう・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・社会的にも、人間的にも凡俗に堕ちて行っている。その原因は肉体的快楽を知ることによって、あまりに大人となり、学窓の勉強などが子どもじみて見え、努力をつみ重ねて行く根気を失うところにあるのだ。努力をあまりつまずして具体的効果を得たいという、最も・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・その第一行から、すでに天にもとどく作者の太い火柱の情熱が、私たち凡俗のものにも、あきらかに感取できるように思われます。訳者、鴎外も、ここでは大童で、その訳文、弓のつるのように、ピンと張って見事であります。そうして、訳文の末に訳者としての解説・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・実に凡俗の、ただの田舎の大地主というだけのものであった。父は代議士にいちど、それから貴族院にも出たが、べつだん中央の政界に於いて活躍したという話も聞かない。この父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである。間数が三十ちか・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・偉いと思った。凡俗でないと思った。必ず、必ず、ASという、その温泉場へ行って、浪を、ほめてあげようと思った。 それから三年経って、私は東京の大学へはいり、喫茶店や、バアの女とも識る機会を持ったが、やはり浪を忘れ得なかった。そのとしの暑中・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・わが貧しい凡俗の胸を尺度にして、あのお方の事をあれこれ、推し測ってみたりするのは、とんでもない間違いのもとでございます。人間はみな同じものだなんて、なんという浅はかなひとりよがりの考え方か、本当に腹が立ちます。それは、あのお方が十七歳になら・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・私は、あの半分でもよい、やってみたい。凡俗への復帰ではない。凡俗へのしんからの、圧倒的の復讐だ。ミイラ取りが、ミイラに成るのではないか? よくあることだ。よせ、よせ。そんな声も聞えるが、けれども、何も私は冒険をするわけではないのである。鴎外・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・左なきだに凡俗社会の実際を見れば、婦人は内を治め男子は外を勉むると言う。其内外の趣意を濫用して、男子の戸外に奔走するは実業経営社会交際の為めのみに非ず、其経営交際を名にして酒を飲み花柳に戯るゝ者こそ多けれ。朝野の貴顕紳士と称する俗輩が、何々・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ ひっきょうするに、数年来、世の教育家なる者が、学問を尊び俗世界を賤しむこと、両様ともにはなはだしきにすぎ、高尚至極なる学問の型の中に無理に凡俗を包羅して、新奇の形を鋳冶せんとして、かえってその凡俗を容るることはできずして、大切なる教育・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・世間或は之を見て婦人の嫉妬など言う者もあらんなれども、凡俗の評論取るに足らず、男子の獣行を恣にせしむるは男子その者の罪に止まらず、延いて一家の不和不味と為り、兄弟姉妹相互の隔意と為り、其獣行翁の死後には単に子孫に病質を遺して其身体を虚弱なら・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫