・・・ 渋色の逞しき手に、赤錆ついた大出刃を不器用に引握って、裸体の婦の胴中を切放して燻したような、赤肉と黒の皮と、ずたずたに、血筋を縢った中に、骨の薄く見える、やがて一抱もあろう……頭と尾ごと、丸漬にした膃肭臍を三頭。縦に、横に、仰向けに、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・撫子 (ゾッと肩をすくめ、瞳おそのさん、その庖丁は借ません。その ええ。撫子 出刃は私に祟るんです。早く、しまって下さいな。その 何でございますか、田舎もので、飛んだことをしましたわ。御免なさい、おりくさん、お詫をして頂戴な・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・二人は用意して来た出刃で毛皮を剥きはじめた。出刃が喉から腹の中央を過ぎて走った。ぐったりとなった憐れな赤犬は熟睡した小児が母の手に衣物を脱がされるように四つの足からそうして背部へと皮がむかれた。致命の打撲傷を受けた頸のあたりはもう黒く血が凝・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・「いんや夫婦よ、あのおきみっ子と吉太郎がお前、吉太郎はおきみっ子を殺すって出刃磨いでんだもの、おらあもうおっかなくておっかなくて家にいたたまれないから逃げて来たのよ」「何だべまあ、そげえな」「朝っぱらから口争いはしていたのよ、お・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 頬かぶりで、出刃を手拭いで包んだ男が、頭の中を忍び足で通り過ぎた。 私は大いそぎで、まだカーテンが閉って居る寝室の戸を、ガタガタ叩きながら、「お母様! お母様! 早くお起なすって頂戴。と云うと、もうさっきから起きて・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫