・・・如何に彼は、この記憶の中に出没するあらゆる放埓の生活を、思い切って受用した事であろう。そうしてまた、如何に彼は、その放埓の生活の中に、復讐の挙を全然忘却した駘蕩たる瞬間を、味った事であろう。彼は己を欺いて、この事実を否定するには、余りに正直・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・と同時に悪魔もまた宗徒の精進を妨げるため、あるいは見慣れぬ黒人となり、あるいは舶来の草花となり、あるいは網代の乗物となり、しばしば同じ村々に出没した。夜昼さえ分たぬ土の牢に、みげる弥兵衛を苦しめた鼠も、実は悪魔の変化だったそうである。弥兵衛・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・一瞬の後には、やはり歯をむき出した、彼等の顔を鏡に映したような顔が、幾つも彼等の左右に出没し始めた。そうしてその顔と共に、何本かの軍刀が、忙しく彼等の周囲に、風を切る音を起し始めた。 それから後の事は、どうも時間の観念が明瞭でない。丈の・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・私に云わせれば、あなたの御注意次第で、驚くべき超自然的な現象は、まるで夜咲く花のように、始終我々の周囲にも出没去来しているのです。 たとえば冬の夜更などに、銀座通りを御歩きになって見ると、必ずアスファルトの上に落ちている紙屑が、数にして・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・いかんとなればあまたの人の嫌悪に堪えざる乞食僧の、黒壁に出没するは、蝦蟇とお通のあるためなりと納涼台にて語り合えるを美人はふと聞噛りしことあればなり、思うてここに到る毎に、お通は執心の恐しさに、「母上、母上」と亡母を念じて、己が身辺に絡纏り・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ 浅草は今では活動写真館が軒を並べてイルミネーションを輝かし、地震で全滅しても忽ち復興し、十二階が崩壊しても階下に巣喰った白首は依然隠顕出没して災後の新らしい都会の最も低級な享楽を提供している。が、地震では真先きに亡ぼされたが、維新の破・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・兵卒達は、パルチザンの出没や、鉄橋の破壊や、駐屯部隊の移動など、次から次へその注意を奪われて、老人のことは、間もなく忘れてしまった。 丘の病院からは、谷間の白樺と、小山になった穴のあとが眺められた。小川が静かに流れていた。栗島は、時々、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・「この頃、パルチザンがちょい/\出没するちゅうが、あぶないところへ踏みこまないように気をつけにゃいかんぞ!」「パルチザンがやって来りゃ、こっちから兎のようにうち殺してやりまさ。」 冬は深くなって来た。二人は狩に出て鬱憤を晴し、退・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・という男の顔を作中の随所に出没させ、日本にまだない小説だと友人間に威張ってまわった。友人の中村地平、久保隆一郎、それから御近所の井伏さんにも読んでもらって、評判がよい。元気を得て、さらに手を入れ、消し去り書き加え、五回ほど清書し直して、それ・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・田島の如きあか抜けた好男子の出没は、やはり彼女の営業を妨げるに違いないと、田島自身が考えているのである。 それが、いきなり、すごい美人を連れて、彼女のお店にあらわれる。「こんちは。」というあいさつさえも、よそよそしく、「きょうは女房・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫