・・・予の全集は出版せられしや? 答 君の全集は出版せられたれども、売行きはなはだ振わざるがごとし。 問 予の全集は三百年の後、――すなわち著作権の失われたる後、万人の購うところとなるべし。予の同棲せる女友だちは如何? 答 彼女は書肆・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・第二にある出版書肆は今しがた受取った手紙の中に一冊五十銭の彼の著書の五百部の印税を封入してよこした。第三に――最も意外だったのはこの事件である。第三に下宿は晩飯の膳に塩焼の鮎を一尾つけた! 初夏の夕明りは軒先に垂れた葉桜の枝に漂っている・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・錦重堂板の草双紙、――その頃江戸で出版して、文庫蔵が建ったと伝うるまで世に行われた、釈迦八相倭文庫の挿画のうち、摩耶夫人の御ありさまを、絵のまま羽二重と、友染と、綾、錦、また珊瑚をさえ鏤めて肉置の押絵にした。…… 浄飯王が狩の道にて――・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・それももっともだというのは、僕が東京を出発する以前に、ようやく出版が出来た「デカダン論」のために、僕の生活費の一部を供する英語教師の職をやめられかかっていたのだ。 父からは厳格ないましめを書いてよこした。すぐさま帰って来いと言うので、僕・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・啻だ数量ばかりでなく優品をも収得したので、天居は追ては蒐集した椿岳の画集を出版する計画があったが、この計画が実現されない中に、惜い哉、この比類のない蒐集は大震災で烏有に帰した。天居が去年の夏、複製して暑中見舞として知人に頒った椿岳の画短冊は・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ソンナものを写すのは馬鹿馬鹿しい、近日丸善から出版されるというと、そうか、イイ事を聞いた、無駄骨折をせずとも済んだといった。 その時、そんなものを写してドウすると訊くと、「何かの時には役に立つさ、」といった。「何でも書物は一生の中に一度・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・それからしてこれはモウじきに出版するときがくるだろうと思って待っておった。そのときに友人が来ましてカーライルに遇ったところが、カーライルがその話をしたら「実に結構な書物だ、今晩一読を許してもらいたい」といった。そのときにカーライルは自分の書・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
私は、蔵書というものを持ちませんが、新聞や、雑誌の広告に注意して、最新の出版でこれは読んで見たいなと思うものがあると求めるのがありますが、旧いものは、これは何々文庫というような廉価本で用を達しています。読んでしまえば、それでいゝような・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ ことに、このたびの震災は、さらに文筆業者の生活に分裂を来たし脅威することゝなった。出版圏内の限られたことと、この際、衆俗の意嚮と趣味を無視することのできない資本主義から、ます/\作品の商品化をよぎなくするものがあるのを考えるからである・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・エロ、発疹チブス、害毒、人間冒涜、軽佻浮薄などという忌まわしい言葉で罵倒されているのを見て、こんなに悪評を蒙っているのでは、とても原稿かせぎは及びもつくまい、世間も相手にすまい、十円の金を貸してくれる出版屋もあるまい、恐らく食うに困っている・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫