・・・ 皿箱は、床格子の上に造られた棚の中にあった。 彼は、ロープに蹴つまずいた。「畜生! 出鱈目にロープなんぞ抛り出しやがって」 彼は叱言を独りで云いながら、ロープの上へ乗っかった。 ロープ、捲かれたロープは、……… どうも・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・と出鱈目の名を呼び立てた。ポチは、砂を蹴って父の傍から離れると、一飛び体をくねらせ、傍の晴子の頬の辺を嘗めた。父がまるでむきな調子で、「晴子、嘗められた」と嫌悪を示した。それらが何だかしきりに佐和子の心を打った。平常一緒に生活し・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・低い茶室づくりの六畳の座敷へ入れられたら、大きいし、黒光りで立派だし、二本の蝋燭たてにともった灯かげに燦く銀色の装飾やキイは素晴らしいし、十一ばかりであった私は夢中に亢奮して、夜なかまでありとあらゆる出鱈目を弾きつづけた。 ピアノの稽古・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・「事実がないからないと云って、それが通用しないのなら、出鱈目を云っている人間と突合わして貰えるところまで押してゆくしか仕様がない」 こういう威嚇ばかりでなく、警察では例えば拘留がきまると親族に通知して貰えるキマリである。が、留置場で・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・imagination の abundance から来るという考え方もあるが、出鱈目で所謂暗示にかかり易い弱い性格を示す。その弱さの自覚される clear head が又自分にある。 人格の真の力 そのようなことを自・・・ 宮本百合子 「一九二三年冬」
・・・謡は謡ですんで、内田さん、芥川さん、互に恐ろしくテムポの速い、謂わば河童的――機智、学識、出鱈目――会話をされた。どんな題目だったかちっとも覚えていない。感心したり、同時にこの頃の芥川さんは、ああ話す好みなのかと思って眺めた感じが残っていま・・・ 宮本百合子 「田端の坂」
・・・ 勿論、心の賤しい、出鱈目の女ならば、自分は臥床に横って良人を叱するようなことがないとは云えません。又、人前では虚偽を装って、平常擲りつける妻の腕を、親切気に保ってやる男もないではありませんでしょう。 けれども、相当の人格を持った者・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 困ったことに、田舎の女学校の教師は時にまるで出鱈目の人が多くあります。若い娘達の生活感情に指針を与えるどころか、彼等自身の足許を、彼女等の示す無自覚なだけ却って抑制のない感情の表現によってぐらつかせられます。人格の陶冶されない男性の共・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・彼を生かし、きっと幸福にしてやれる確信も自分にもたないのに、死ななかったら仕合にしてあげたのという出鱈目な気休めは云えない。ああ云う破綻がさけようとしても避けられない運命的な災難であると仮定しても私が参るのは、それを素直に、わあっと泣いて仕・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・長い間夢も見て来たが皆出鱈目だ。」 たまらぬ夢 ある小説に、妻が他の男と夢の中でけしからぬ悦び事をしているにちがいないと思って悩む男のことが書いてあった。男はそれを、「たまらぬことだ。」と云っていた。 なるほど・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
出典:青空文庫