・・・行方を晦ましたのは策戦や、養子に蝶子と別れたと見せかけて金を取る肚やった、親爺が死ねば当然遺産の分け前に与らねば損や、そう思て、わざと葬式にも呼ばなかったと言った。蝶子は本当だと思った。柳吉は「どや、なんぞ、う、う、うまいもん食いに行こか」・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ と言って、その分け前を確かめさせた。 私たちの間には楽しい笑い声が起こった。次郎は、両手を振りながら、四畳半と茶の間のさかいにある廊下のところを幾度となく往ったり来たりした。「さあ、おれも成金だぞ。」 その次郎のふざけた言・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・彼の著者の翻訳者には印税のかなりな分け前を要求して来るというような噂も聞いた。多くの日本人には多少変な感じもするが、ドイツ人という者を知っている人には別にそう不思議とは思われない。特に彼の人種の事までも取り立てて考えるほどの事ではないと思わ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それで自然にごちそうのいい部分は三毛のほうに与えられて、残りの質の悪い分け前がいつでも玉に割り当てられるようになっていた。しかし不思議なものでこの粗野な玉の食い物に対する趣味はいつとなしに向上して行って、同時にあのあまりに見苦しいほどに強か・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ 階級的夫婦の活動の分け前で、『牡丹のある家』の作者は経済の負担者としての役目を負い、文筆の仕事に着手した。山川氏の努力に、制約を加えている社会的重圧そのものが、彼女にも作用して、それらの作品を書かせたと同時に、それを一つの長篇として、・・・ 宮本百合子 「二つの場合」
・・・ 悪態、罵声、悪意が渦巻き、子供までその憎悪の中に生きた分け前を受ける苦しい毎日なのであるが、その裡で更にゴーリキイを立腹させたのは、土曜日毎に行われる祖父の子供等に対する仕置であった。鋭い緑色の目をした祖父は一つの行事として男の子達を・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫