・・・星が切れるように冴えかえっていた。「おい、こらッ!」 さきから、雪を投げていた男が、うしろの白樺のかげから靴をならしてとび出て来た。武石だった。 松木は、ぎょっとした。そして、新聞紙に包んだものを雪の上へ落しそうだった。 彼・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・「そんなに引っぱったら緒が切れるがな。」「えゝい。皆のよれ短いんじゃもん!」「引っぱったって延びせん――そんなことしよったらうしろへころぶぞ!」「えゝい延びるんじゃ!」 そこへ父が帰って来た。「藤は、何ぐず/\云よる・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・この人も相当に釣に苦労していますね、切れる処を決めて置きたいからそういうことをするので、岡釣じゃなおのことです、何処でも構わないでぶっ込むのですから、ぶち込んだ処にかかりがあれば引かかってしまう。そこで竿をいたわって、しかも早く埒の明くよう・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 丘を上る途中で、今朝買わせたばかりの下駄だのに、ぷすり前鼻緒が切れる。元が安物で脆弱いからであろうけれど、初やなぞに言わせると、何か厭なことがある前徴である。しかたがないから、片足袋ぬいで、半分跣足になる。 家へ帰ると、戸口から藤・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 王子は大よろこびで、お金入れへお金をどっさり入れて、それから、よく切れるりっぱな剣をつるすが早いか、お供もつれないで、大勇みに勇んで出かけました。 二 王子は遠い遠い長い道をどんどん急いでいきました。 ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・とみは、ことしの秋になると、いまの会社との契約の期限が切れる、もうことし二十六にもなるし、この機会に役者をよそうと思う。田舎の老父母は、はじめからとみをあきらめ、東京のとみのところに来るように、いくら言ってやっても、田舎のわずかばかりの田畑・・・ 太宰治 「花燭」
・・・熱い番茶をすすりながら、どうして天才でないことを言い切れるか、と追及してみた。はじめから、少しでも青扇の正体らしいものをさぐり出そうとかかっていたわけである。「威張るのですの。」そういう返事であった。「そうですか。」僕は笑ってしまっ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 病気はほんとうに治ったのでないから、息が非常に切れる。全身には悪熱悪寒が絶えず往来する。頭脳が火のように熱して、顳がはげしい脈を打つ。なぜ、病院を出た? 軍医があとがたいせつだと言ってあれほど留めたのに、なぜ病院を出た? こう思ったが・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 星野温泉行のバスが、千ヶ滝道から右に切れると、どこともなくぷんと強い松の匂いがする。小松のみどりが強烈な日光に照らされて樹脂中の揮発成分を放散するのであろう。この匂いを嗅ぐと、少年時代に遊び歩いた郷里の北山の夏の日の記憶が、一度に爆発・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・あれをつるしてある鋼条が切れる心配はないかというような質問が子供のうちから出たので、私はそのような事のあった実例を話し、それからそういう危険を防止するために鋼条の弱点の有無を電磁作用で不断に検査する器械の発明されている事も話しなどした。それ・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
出典:青空文庫