・・・ 父は例の手帳を取り出して、最近売買の行なわれた地所の価格を披露しにかかると、矢部はその言葉を奪うようにだいたいの相場を自分のほうから切り出した。彼は昨夜の父と監督との話を聞いていたのだが、矢部の言うところはけっしてけたをはずれたような・・・ 有島武郎 「親子」
・・・とてもわからないと思って黙っていた。全くあんな怪物の前に行くと薄気味の悪いもんだね。そうしたら堂脇が案外やさしい声で、「失礼ながらどちらでご勉強です、たいそうおみごとだが」と切り出した。僕は花田に教えられたとおり、自分の画なんかなんでもない・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・飾の鳥には、雉子、山鶏、秋草、もみじを切出したのを、三重、七重に――たなびかせた、その真中に、丸太薪を堆く烈々と燻べ、大釜に湯を沸かせ、湯玉の霰にたばしる中を、前後に行違い、右左に飛廻って、松明の火に、鬼も、人も、神巫も、禰宜も、美女も、裸・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 一畝、十二円六十銭で買った畠を、坪、二円三十銭で切り出して来た。一畝なら、六十九円となる訳だ。 親爺は、自家に作りたい畠だと云って、売り惜んだ。 坪、二円九十銭にせり上った。 親爺は、地味がいゝので自家に作りたい畠だと、繰・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・まもなく彼は、話があるから廃坑へ行かないかと、彼女に切出した。「なアに?」 彼女は、あどけない顔をしていた。「話だよ。お前をかっさらって、又、夜ぬけをしようってんだ。」 ほかの者の手前彼は、冗談化した。「いやだよ。つまん・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ こう切り出した。「こないだ買ったばかりじゃないか。」「だって、足りないものは足りないんだもの。絵の具がなけりゃ、何も描けやしない。」 と、三郎は不平顔である。すると、次郎はさっそく弟の言葉をつかまえて、「あ――またかじ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・一つ一つの石塊を切り出し、運搬し、そうしてかつぎ上げるのは容易でない。しかし噴火口から流れ出した熔岩は、重力という「鬼」の力で押されて山腹を下り、その余力のほんのわずかな剰余で冷却固結した岩塊を揉み砕き、つかみ潰して訳もなくこんなに積み上げ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 材木の切り出し作業や製紙工場の光景でも、ちょっと簡単な地図でも途中に插入して具体的の位置所在を示しならびに季節をも示してくれたら、興味も効能も幾層倍するであろう。しかるに、その肝心な空間的時間的な座標軸を抜きにして、いたずらに縹渺たる・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 農夫などにはまだ燧袋で火を切り出しているのがあった。それが羨ましくなって真似をしたことがあったが、なかなか呼吸が六かしくて結局は両手の指を痛くするだけで十分に目的を達することが出来なかった。神棚の燈明をつけるために使う燧金には大きな木・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ その頃では神棚の燈明を点すのにマッチは汚れがあるというのでわざわざ燧で火を切り出し、先ずホクチに点火しておいてさらに附け木を燃やしその焔を燈心に移すのであった。燧の鉄と石の触れあう音、迸る火花、ホクチの燃えるかすかな囁き、附け木の燃え・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
出典:青空文庫