・・・当局者は初心を点検して、書生にならねばならぬ。彼らは幸徳らの事に関しては自信によって涯分を尽したと弁疏するかも知れぬ。冷かな歴史の眼から見れば、彼らは無政府主義者を殺して、かえって局面開展の地を作った一種の恩人とも見られよう。吉田に対する井・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・思うに画と云う事に初心な彼は当時絵画における写生の必要を不折などから聞いて、それを一草一花の上にも実行しようと企てながら、彼が俳句の上ですでに悟入した同一方法を、この方面に向って適用する事を忘れたか、または適用する腕がなかったのであろう。・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・景気の句世間容易にするもってのほかのことなり。大事の物なり。連歌に景曲と云いいにしえの宗匠深くつつしみ一代一両句には過ぎず。景気の句初心まねよきゆえ深くいましめり。俳諧は連歌ほどはいわず。総別景気の句は皆ふるし。一句の曲なくては成りがたきゆ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・句のために気焔を吐いて病牀でしばしばその俳句を評論する機会も多くなったが、さてその句はどうかというと、或鋳型の中に一定したという事はないために善いと思う事もあり悪いと思う事もあり、老成だと思う事もあり初心だと思う事もあり、しっかりとつかまえ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・其の刺繍は極く初心の中は、下絵を描いてするようでありますが、だんだん上手になると、模様も下絵なしに自分の頭脳で作りながら縫って行きます、こんな風ですから、その模様が一つ一つ変っていて面白うございます。アイヌの模様を研究してみたら、よほど興味・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・髪でも結ってくれるので満足して一通りの遊芸は心得て居て手の奇麗な目の細くて切れのいい唇もわりに厚くて小さく、手箱の中にあねさまの入って居るようなごく初心い娘がすき。 当世風の娘ならば丈の高い、少しふとり肉の手のふっくりとして小さい、眼の・・・ 宮本百合子 「妙な子」
・・・一つはあなたがいかにも無邪気に、初心らしくおっしゃったので、「おや、この方はどんな途方もない事をおっしゃるのだか、御自身ではお分かりにならないのだな」と存じましたの。それから今一つはまあ、なんと申しましょうか。わたくしあなたに八分通り迷って・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫