・・・そして経験によるとこの種の人々はその人生行路において切実な「別離」というものを味わった人々であることが多い。深い傷ましい「わかれ」は人間の心を沈潜させ敬虔にさせ、しみじみとさせずにはおかない。私は必ずしも感傷的にとはいわない。何故なら深い別・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・そんな風にして始まった二人の結び付きから、不幸な別離に終ったまでのことが、三年前の悲しいも、八年前の嬉しいも、殆ど一緒に成って、車の上にある大塚さんの胸に浮んだ。 もとより、大塚さんがおせんと一緒に成った時は、初めて結婚する人では無・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・田島は、そこへ、一週間にいちどくらい、みなの都合のいいような日に、電話をかけて連絡をして、そうしてどこかで落ち合せ、二人そろって別離の相手の女のところへ向って行進することをキヌ子と約す。 そうして、数日後、二人の行進は、日本橋のあるデパ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
唐詩選の五言絶句の中に、人生足別離の一句があり、私の或る先輩はこれを「サヨナラ」ダケガ人生ダ、と訳した。まことに、相逢った時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きてい・・・ 太宰治 「「グッド・バイ」作者の言葉」
・・・お互いが、相手の真価を発見して行くためにも、次々の危機に打ち勝って、別離せずに結婚をし直し、進まなければならぬ。王子と、ラプンツェルも、此の五年後あるいは十年後に、またもや結婚をし直す事があるかも知れぬが、互いの一筋の信頼と尊敬を、もはや失・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 吉里は平田に再び会いがたいのを知りつつ別離たのは、死ぬよりも辛い――死んでも別離る気はなかッたのである。けれども、西宮が実情ある言葉、平田が四苦八苦の胸の中、その情に迫られてしかたなしに承知はした。承知はしたけれども、心は平田とともに・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・こんな多勢の人達が悉皆出征なさる方に縁故のある人、別離を惜しみに此処に集ってお居でなさるのかと思ったら、私は胸が一杯になりましたの。『若子さん、中へは這入れそうもないことよ。』 各箇かの団体の、いろいろの彩布の大旗小旗の、それが朝風・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・をかかしめた、パリ帰来後の孤愁と象徴派との別離。結婚生活の重荷が反映している「背徳者」、それから六年間も間をとんで執筆された「狭き門」、三十歳のジイドの苦悩は、日夜自分の極めて知識人風な内的生活の探求の裡に棲んで、「汝は何ものかに役立たんと・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・特に、将来自分がいつかは経験しなければならない愛する人々との別離に対してどんな用意があるだろうか、ということが考えられた。祖母との訣別は思いのほか強く私を打った。祖母でさえそうだ。まして、自覚し思い込んで愛している幾人かの愛する者との別れが・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・理由は、この小説の最後をなしているアナンドとの深刻、複雑な政治的背景をもつ悲劇的別離をのぞいて、常に「深切や恋愛に憧れ」つつ「これらのものを恐れる」気持、「人は恋をすると容易に奴隷になってしまう」「私は奴隷になりたくない。自由は恋愛よりも崇・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
出典:青空文庫