・・・所謂文明の利器ですな。」角顋は、ポケットから朝日を一本出して、口へくわえながら、「こう云うものが出来ると、羊頭を掲げて狗肉を売るような作家や画家は、屏息せざるを得なくなります。何しろ、価値の大小が、明白に数字で現れるのですからな。殊にゾイリ・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
上 実は好奇心のゆえに、しかれども予は予が画師たるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、某の日東京府下の一病院において、渠が刀を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・そして是は自分の智慧の箭の的たるべき魔物が其中に在ることは在るに違無いが何処に在るか分らないので、吾が頼むところの利器の向け処を知らぬ悩みに苦しめられ、そして又今しがた放った箭が明らかに何も無いところに取りっぱなしにされた無効さの屈辱に憤り・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・その代りになるべき新しい利器を求めている彼の手に触れたのは、前世紀の中頃に数学者リーマンが、そのような応用とは何の関係もなしに純粋な数学上の理論的の仕事として残しておいた遺物であった。これを錬え直して造った新しい鋭利なメスで、数千年来人間の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それらの多くは科学の世界の表層に浮かぶ美しいシャボン玉を連ねた美しい詩であり、素人の好奇心を刺激するような文明の利器を陳列したおもしろい見世物ではあるが、科学の本質に対する世人の理解を深め、科学と人生との交渉の真に新しい可能性を暗示するよう・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・煽動者の利器とする詭弁の手品の種はここから出て来るのである。 十二 一と頃、学生の観客の多い映画館で、ニュース映画の中にたまたまソビエトの赤旗の行列などがスクリーンに現われると、観客席の暗闇から盛んな拍手が起・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・今の科学的な利器は単に独創的な素人の思いつきや苦心だけで完成するにはあまりに多くの専門的知識の素養を必要とする、という明白な事実が日本のジャーナリストに一般には認識されていないのである。 こういう状況であるから多くのアカデミックなまじめ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・そのためにこの文明の利器に親炙する好機会をみすみす取り逃がしつつ、そんなこだわりなしにおもしろそうに聞いている田舎の人たちをうらやまなければならなかった。このような「薄志弱行」はいつまでも私の生涯に付きまとって絶えず私に「損」をさせている。・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・不幸にして多くの文明の利器は時々南向いた豚さえも北へ向かせるように出来ているのが多い。いわんや北へ向いているのを駆け出させるような刺戟は到る処にころがっている。この刺戟を柔らげるには、どうも風呂が一番有効なように思われる。 こんな話を友・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・ こうして発達した西欧科学の成果を、なんの骨折りもなくそっくり継承した日本人が、もしも日本の自然の特異性を深く認識し自覚した上でこの利器を適当に利用することを学び、そうしてたださえ豊富な天恵をいっそう有利に享有すると同時にわが国に特異な・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫