・・・あげた手が自ら垂れ、心頭にあった憎しみが自ら消えると、彼は、子供を抱いたまま、思わず往来に跪いて、爪を剥がしているクリストの足に、恐る恐る唇をふれようとした。が、もう遅い。クリストは、兵卒たちに追い立てられて、すでに五六歩彼の戸口を離れてい・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ しばらくすると、息つぎの麦酒に、色を直して、お町が蛙の人魂の方を自分で食べ、至極尋常なのは、皮を剥がして、おじさんに振舞ったくらいであるから。――次の話が、私はじめ、読者諸君も安心して聞くことを得るのである。 一体、外套氏が、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・夜、ホテルでそっと襟を出して、例の商標を剥がした。戸を締め切って窓掛を卸して、まるで贋金を作るという風でこの為事をしたのである。 翌朝国会議事堂へ行った。そこの様子は少しおれを失望させた。卓と腰掛とが半圏状に据え付けてある。あまり国のと・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・「落ちる時に蹴爪ずいて生爪を剥がした」「生爪を? 痛むかい」「少し痛む」「あるけるかい」「あるけるとも。ハンケチがあるなら抛げてくれたまえ」「裂いてやろうか」「なに、僕が裂くから丸めて抛げてくれたまえ。風で飛ぶと・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「白樺の皮、剥がして来たか。」タネリがうちに着いたとき、タネリのお母さんが、小屋の前で、こならの実を搗きながら云いました。「うんにゃ。」タネリは、首をちぢめて答えました。「藤蔓みんな噛じって来たか。」「うんにゃ、どこかへ無く・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
出典:青空文庫