・・・ちょっと待った。」画かきはとめました。「鉛筆が折れたんだ。ちょっと削るうち待ってくれ。」 そして画かきはじぶんの右足の靴をぬいでその中に鉛筆を削りはじめました。柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ談し合いながら見て居りました。そこで・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・あいつらは朝から晩まで、俺らの耳のそば迄来て、世界の平和の為に、お前らの傲慢を削るとかなんとか云いながら、毎日こそこそ、俺らを擦って耗して行くが、まるっきりうそさ。何でもおれのきくとこに依ると、あいつらは海岸のふくふくした黒土や、美しい緑い・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・副委員長をしている石井万治という人は嫌疑をかけられている書記長の自宅を訪問し、他所へつれて行って饗応し、ノートをひらいて、緊急秘密指令三百十一号、三百十八号というものをみせ、あなたのことについては骨を折るという話をしています。その指令三百十・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・それのみか、五六ヵ月も働くと、銑鉄を削る百分の二粍の相異の目測さえするようになる。大河内氏は、日本の女子の天才の一つとしてそれを感歎し、それは改良されている機械の機構と、「その使いかたが単調無味であるように製作されてあるほど精密に加工される・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・政治について婦人のもたなければならない自覚をもてと云われるなら、それは、政治の事大主義に膝を折ることではなくて、小さいながらまともな種をより出して、それを成長させる地道な見とおしをもつことではなかろうか。 ウォーレスの進歩党綱領が発表さ・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・これだけ話してしまえば跡は本当に端折るよ。」 富田は仰山な声をした。「おい。待ってくれ給え。ついでに跡も端折らないで話し給え。なかなか面白いから。」声を一倍大きくした。「おい。お竹さん。好く聞いて置くが好いぜ。」 始終にやにや笑って・・・ 森鴎外 「独身」
・・・大工は木を削る。石屋は石を切る。二箇月立つか立たないうちに、和洋折衷とか云うような、二階家が建築せられる。黒塗の高塀が繞らされる。とうとう立派な邸宅が出来上がった。 近所の人は驚いている。材木が運び始められる頃から、誰が建築をするのだろ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・第二部の正誤には硫酸の硫の字を削ることにした。 訳本ファウストが出ると同時に、近代劇協会は第一部を帝国劇場で興行した。帝国劇場が五日間連続して売切になったのは、劇場が立って以来始ての事だそうだ。そこで今日まで文壇がこの事実に対して、どん・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・三郎が武術に骨を折るありさまを朝夕見ているのみか、乱世の常とて大抵の者が武芸を収める常習になっているので忍藻も自然太刀や薙刀のことに手を出して来ると、従って挙動も幾分か雄々しくなった。手首の太いのや眼光のするどいのは全くそのためだろう。けれ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・秋三は堅い柴を折るように、膝頭で安次の手足の関節をへし折った。そして、棺を立てると身体はごそりと音を立てて横さまに底へ辷った。 秋三は棺を一人で吊り上げてみた。「此奴、軽石みたいな奴や。」「そやそや、お前今頃から棺桶の中へ入れた・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫