・・・ そこには旅団参謀のほかにも、副官が一人、通訳が一人、二人の支那人を囲んでいた。支那人は通訳の質問通り、何でも明瞭に返事をした。のみならずやや年嵩らしい、顔に短い髯のある男は、通訳がまだ尋ねない事さえ、進んで説明する風があった。が、その・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・査閲の時点呼執行官は私の顔をジロリと見ただけで通り過ぎたが、随行員の中のどうやら中尉らしい副官は私の鼻を問題にした。 傍にいた分会長はこ奴は遅刻したので撲ってやりましたと言った。私はいや遅刻したのではない、点呼令状の指定する時間前に到着・・・ 織田作之助 「髪」
・・・「副官!」 彼は、部屋に這入るといきなり怒鳴った。「副官!」 副官が這入って来ると、彼は、刀もはずさず、椅子に腰を落して、荒い鼻息をしながら、「速刻不時点呼。すぐだ、すぐやってくれ!」「はい。」「それから、炊事場・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・顔を出したのは大隊副官と、綿入れの外套に毛の襟巻をした新聞特派員だった。「寒い満洲でも、兵タイは、こういう温い部屋に起居して居るんで……」「はア、なる程。」特派員は、副官の説明に同意するよりさきに、部屋の内部の見なれぬ不潔さにヘキエ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ ペーターの息子、イワン・ペトロウイチが手綱を取っている橇に、大隊長と副官とが乗っていた。鞭が風を切って馬の尻に鳴った。馬は、滑らないように下面に釘が突出している氷上蹄鉄で、凍った雪を蹴って進んだ。 大隊長は、ポケットに這入っている・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 副官は、事もなげに笑った。「おや! おや! 今度は、日本の兵たいがやられました。」通訳は、前よりも、もっと痛切な声で叫んだ。「倒れました。倒れました。倒れて夢中で手と頭を振っとります。」「三人やられたね。――一人は将校だ。脚を・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ その翌日が愈々此処で葬礼と云うことなんで、その時隊の方から見送って下さったのが三本筋に二本筋、少尉が二タ方に下副官がお一方……この下副官の方は初瀬源太郎と仰也って、晴二郎を河から引揚げて下すった方なんでござえして、何かの因縁だろうから・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・すると赤と白の綬をかけたふくろうの副官が笑って云いました。「まあ、こんやはあんまり怒らないようにいたしましょう。うたもこんどは上等のをやりますから。みんな一しょにおどりましょう。さあ木の方も鳥の方も用意いいか。 おつきさんおつきさん・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・父の死後母は熱心な王党員である司令副官と結婚し、この一家とマリイ・アントワネットのきずなは、アントワネットが断頭台にのぼる前、ロオルの母に自分の髪飾りと耳輪とを形見に与えた程深いものであった。 そのような環境の中に幼時を経た頭の鋭い感傷・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫