・・・子供の時にきらいであった塩辛が年取ってから好きになったといって、別に子供の時代の自分に義理を立てて塩辛を割愛するにも及ばないであろう。 なんべん読んでもおもしろく、読めば読むほどおもしろみの深入りする書物もある。それは作ったもの、こしら・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・このような差別の起こった一つの原因は、俳句の詩形が極度に短くなったために、もし直接な主観を盛ろうとすると、そのために象徴的な景物の入れ場がなくなってしまうので、そのほうを割愛して象徴的なものに席を譲るようになり、従って作者の人間は象徴の中に・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・遊覧船は寒そうだから割愛することにした。 ホテルの食堂へはいって見ると、すぐ向うの席に有名な某音楽家の家族連れがいる。音楽家はボーイを読んで勘定を命じながら内かくしから紙入れを捜ってその中から紙幣のたばを引出した。十円札が二、三十枚もあ・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・まで見て割愛して帰って来た。連句はとうとうお休みである。 アメリカレビューやウィンナ舞踊を見た眼で見た少女歌劇は実に綺麗で可愛らしいものではあったが、如何にもか弱く、かぼそく、桜の花と云うよりはむしろガラス製の人形でも見るような気のする・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・その重苦しい何かしら凶事を予感させるような単調な音も、夕凪の夜の詩には割愛し難い象徴的景物である。 東京という土地には正常の意味での夕凪というものが存在しない。その代りに現れる夏の夕べの涼風は実に帝都随一の名物であると思われるのに、それ・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
・・・ どうぞあなたの貴重な時間の十五分間をわたくしに御割愛なさって下さいまし。ちょうど夫は取引用で旅行いたしまして、五六日たたなくては帰りません。明晩までに、差出人なしに「承知」と云う電信をお発し下さいましたら、わたくしはすぐにパリイへ立つ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・という章を割愛されたというのは、残念千万なことだったと思う。物理のことが語られていたのなら、あるいは数学の発達の歴史の物語も、同じように割愛された頁の中に入っていたのではなかっただろうか。数学の方は、ホグベンの「百万人の数学」上下が出版され・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
出典:青空文庫