・・・先生はまるで雷に撃たれたように、口を半ば開けたまま、ストオヴの側へ棒立ちになって、一二分の間はただ、その慓悍な生徒の顔ばかり眺めていた。が、やがて家畜のような眼の中に、あの何かを哀願するような表情が、際どくちくりと閃いたと思うと、急に例の紫・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・あんまりじさまの浮むっとしたような慓悍な三十台の男の声がした。そしてしばらくしんとした。(雀百まで踊り忘さっきの女らしい細い声が取りなした。(女またその慓悍な声が刺すように云った。そしてまたしんとした。そして心配そうな息をこくりとの・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ 明治開化期の影響をうけて、宗教だの霊降術だのに対しては批評をもって暮して来た母は、弟の死後、一種剽悍な惑溺で息子の霊の力が母である自分を守っているということを信じるようになった。この霊との交渉においては、夫も他の息子や娘もいっさい除外・・・ 宮本百合子 「母」
出典:青空文庫