・・・ 良平は二人の間にはいると、力一杯押し始めた。「われは中中力があるな」 他の一人、――耳に巻煙草を挟んだ男も、こう良平を褒めてくれた。 その内に線路の勾配は、だんだん楽になり始めた。「もう押さなくとも好い」――良平は今にも云・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・ 力一杯跳ね上がったと思うと、僕の体はどこまでもどこまでも上の方へと登って行きます。面白いように登って行きます。とうとう帽子の所に来ました。僕は力みかえって帽子をうんと掴みました。帽子が「痛い」といいました。その拍子に帽子が天の釘から外・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・青木は、しかしそう聴いてかえってこれを残念がり、実は本意でない、お前はそんなことをされても何ともないほどの薄情女かと、立っている吉弥の肩をしッかりいだき締めて、力一杯の誠意を見せようとしたこともあるそうだ。思いやると、この放蕩おやじでも実が・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 俺は元気よく、力一杯に手を振り、足をあげる。 松葉の「K」「P」 運動場は扇形に開いた九つのコンクリートの壁がつッ立ッていて、八つの空間を作っている。その中に一人ずつ入って、走り廻わる。――それを丁度扇の要に当・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・例えば、剣道の試合のとき、撃つところは、お面、お胴、お小手、ときまっている筈なのに、おまえたちは、試合も生活も一緒くたにして、道具はずれの二の腕や向う脛を、力一杯にひっぱたく。それで勝ったと思っているのだから、キタナクテね。」 ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・まるまると白く太った美男の、肩を力一杯ゆすってやって、なまけもの! と罵った。眼のさめて在る限り、枕頭の商法の教科書を百人一首を読むような、あんなふしをつけて大声で読みわめきつづけている一受験狂に、勉強やめよ、試験全廃だ、と教えてやったら、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・今度は力一杯押して見たが、ビクともしなかった。「畜生! かけがねを入れやがった」私は唾を吐いて、そのまま階段を下りて門を出た。 私の足が一足門の外へ出て、一足が内側に残っている時に私の肩を叩いたものがあった。私は飛び上った。「ビ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 私は、力一杯怒鳴った。セコンドメイトの猫入らずを防ぐと同時に、私の欺され易いセンチメンタリズムを怒鳴りつけた。 倉庫は、街路に沿うて、並んで甲羅を乾していた。 未だ、人通りは余り無かった。新聞や牛乳の配達や、船員の朝帰りが、時・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・と、メーツは答えて、コムパスを力一杯、蹴飛ばした。 コンパスは、グルっと廻って、北東を指した。 第三金時丸は、こうして時々、千本桜の軍内のように、「行きつ戻りつ」するのであった。コムパスが傷んでいたんだ。 又、彼女が、ドックに入・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ 大将は、ますます得意になって、爪立てをして、力一杯延びあがりながら、号令をかけます。「胴上げい、はじめっ。」「よっしょい。よっしょい。よっしょい。」 もう、楢夫のからだは、林よりも高い位です。「よっしょい。よっしょい。・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
出典:青空文庫