・・・しかし力を出すだけでも助かる気もしたのに違いなかった。 北風は長い坂の上から時々まっ直に吹き下ろして来た。墓地の樹木もその度にさあっと葉の落ちた梢を鳴らした。僕はこう言う薄暗がりの中に妙な興奮を感じながら、まるで僕自身と闘うように一心に・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・女の太政大臣、女の検非違使、女の閻魔王、女の三十番神、――そういうものが出来るとすれば、男は少し助かるでしょう。第一に女は男狩りのほかにも、仕栄えのある仕事が出来ますから。第二に女の世の中は今の男の世の中ほど、女に甘いはずはありませんから。・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・僕はお母さんが泣くので、泣くのを隠すので、なお八っちゃんが死ぬんではないかと心配になってお母さんの仰有るとおりにしたら、ひょっとして八っちゃんが助かるんではないかと思って、すぐ坐蒲団を取りに行って来た。 お医者さんは、白い鬚の方のではな・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ けれどもこれは恐れたのでも驚いたのでもなかったのである。助かるすべもありそうな、見た処の一枝の花を、いざ船に載せて見て、咽喉を突かれてでも、居はしまいか、鳩尾に斬ったあとでもあるまいか、ふと愛惜の念盛に、望の糸に縋りついたから、危ぶん・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・解って、あきらめなければならないまでも、手筈を違えるなり、故障を入れるなり、せめて時間でも遅れさして、鷭が明らかに夢からさめて、水鳥相当に、自衛の守備の整うようにして、一羽でも、獲ものの方が少く、鳥の助かる方が余計にしてもらいたい。――実は・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・自分は阿弥陀様におすがり申して救うて頂く外に助かる道はない。政夫や、お前は体を大事にしてくれ。思えば民子はなが年の間にもついぞ私にさからったことはなかった、おとなしい児であっただけ、自分のした事が悔いられてならない、どうしても可哀相でたまら・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・この頃の洋楽流行時代に居合わして、いわゆる鋸の目を立てるようなヴァイオリンやシャモの絞殺されるようなコロラチゥラ・ソプラノでもそこらここらで聴かされ、加之にラジオで放送までされたら二葉亭はとても助かるまい。苦虫潰しても居堪まれないだろう。・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・「この大暴風雨では、とても、あの船は助かるまい。」と、おじいさんと、おばあさんは、ぶるぶると震えながら、話をしていました。 夜が明けると、沖は真っ暗で、ものすごい景色でありました。その夜、難船をした船は、数えきれないほどであります。・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・「この大暴風雨では、とてもあの船は助かるまい」と、お爺さんと、お婆さんは、ふるふると震えながら話をしていました。 夜が明けると沖は真暗で物凄い景色でありました。その夜、難船をした船は、数えきれない程でありました。 不思議なことに・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ このとき、おじいさんはまだ木に命があるかどうかと、まゆをひそめて枝などを折ってしらべていましたが、「この木が助かるものなら、枯らすのはかわいそうです。」と答えました。 おかみさんは、ただ笑って、だまっていましたが、心の中で、き・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
出典:青空文庫