・・・「この国の霊と戦うのは、思ったよりもっと困難らしい。勝つか、それともまた負けるか、――」 するとその時彼の耳に、こう云う囁きを送るものがあった。「負けですよ!」 オルガンティノは気味悪そうに、声のした方を透かして見た。が、そ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・況や殺戮を喜ぶなどは、――尤も相手を絞め殺すことは議論に勝つよりも手軽である。 我我は互に憐まなければならぬ。ショオペンハウエルの厭世観の我我に与えた教訓もこう云うことではなかったであろうか? 夜はもう十二時を過ぎたらしい。星も相不・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・が、どういうものか、その夜に限って、ふだんは格別骨牌上手でもない私が、嘘のようにどんどん勝つのです。するとまた妙なもので、始は気のりもしなかったのが、だんだん面白くなり始めて、ものの十分とたたない内に、いつか私は一切を忘れて、熱心に骨牌を引・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・個人が社会と戦い、青年が老人と戦い、進取と自由が保守と執着に組みつき、新らしき者が旧き者と鎬を削る。勝つ者は青史の天に星と化して、芳ばしき天才の輝きが万世に光被する。敗れて地に塗れた者は、尽きざる恨みを残して、長しなえに有情の人を泣かしめる・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・「もっとも、一所に道を歩行いていて、左とか右とか、私と説が違って、さて自分が勝つと――銀座の人込の中で、どうです、それ見たか、と白い……」「多謝。」「逞しい。」「取消し。」「腕を、拳固がまえの握拳で、二の腕の見えるまで、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・しかしまあ何でございますね、前触が皆勝つことばかりでそれが事実なんですから結構で、私などもその話を聞きました当座は、もうもう貴方。」 と黙って聞いていた判事に強請るがごとく、「お可煩くはいらっしゃいませんか、」「悉しく聞こうよ。・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・しかれども種々の不幸に打ち勝つことによって大事業というものができる、それが大事業であります。それゆえにわれわれがこの考えをもってみますと、われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。勇ま・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・一八六四年にドイツ、オーストリアの二強国の圧迫するところとなり、その要求を拒みし結果、ついに開戦の不幸を見、デンマーク人は善く戦いましたが、しかし弱はもって強に勝つ能はず、デッペルの一戦に北軍敗れてふたたび起つ能わざるにいたりました。デンマ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・また、小さな日本の国が、大きな国と戦って、勝つことができたのは、日本人にこの精神があったからです。貧乏をしてもけっして曲がった考えを持ってはならないし、困っているものがあったら、自分の二つあるものは、一つ分けてやるようにしなければなりません・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・角という大駒一枚落しても、大丈夫勝つ自信を持っていた坂田が、平手で二局とも惨敗したのである。 坂田の名文句として伝わる言葉に「銀が泣いている」というのがある。悪手として妙な所へ打たれた銀という駒銀が、進むに進めず、引くに引かれず、ああ悪・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫