・・・平坦な北上総にはとにかく遊ぶに足るの勝地である。鴨は真中ほどから南の方、人のゆかれぬ岡の陰に集まって何か聞きわけのつかぬ声で鳴きつつある。御蛇が池といえば名は怖ろしいが、むしろ女小児の遊ぶにもよろしき小湖に過ぎぬ。 湖畔の平地に三、四の・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・これまでいろいろのいわゆる勝地に建っている別荘などを見ても、自分の気持ちにしっくりはまるようなものはこれと言って頭にとどまっていない。海岸は心騒がしく、山の中は物恐ろしい。立派な大廈高楼はどうも気楽そうに思われない。頼まれてもそういう所に住・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・「古ヨリ都下ノ勝地ヲ言フ者必先ヅ指ヲ小西湖ニ屈スルハ其山水ノ観アルヲ以テナリ。服部南郭、屋代輪池、清水泊、梁川星巌、深川永機等皆一タビ、跡ヲ湖上ニ寄ス。爾来文人韻士ノ之ニ居ル者鮮シトナサズ。」 服部南郭の不忍池畔に住んだのは其文集につい・・・ 永井荷風 「上野」
・・・その時代から一般の風俗は次第に変って来てポオル・ド・コックの後には画家の一団体が盛に巴里郊外の勝地を跋渉し始めた。今日では誰も知っている彼の Meudon の佳景を発見したのは自然を写生するために古典の形式を破棄した Franais 一派の・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・明治三十一年の頃には向島の地はなお全く幽雅の趣を失わず、依然として都人観花の勝地となされていた。それより三年の後平出鏗二郎氏が『東京風俗志』三巻を著した時にも著者は向嶋桜花の状を叙して下の如く言っている。「桜は向嶋最も盛なり。中略三囲の鳥居・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫