・・・そうして自由に放恣な太古のままの秋草の荒野の代わりに、一々土地台帳の区画に縛られた水稲、黍、甘藷、桑などの田畑が、単調で眠たい田園行進曲のメロディーを奏しながら、客車の窓前を走って行くのである。何々イズムと名のついたおおかたの単調な思想のメ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・この辺も区劃整理で昔の形が消えてしまうかどうか知りたいものである。 今久し振りにこの図を取出して見ていると三十年前の子規庵の光景がありありと思い出される。御院殿坂に鳴く蜩の声や邸後を通過する列車の騒音を聞くような心持がする。・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・のフィルムを撮って露都で公開したとき、猫の額のような稲田の小区画に割拠して働く農夫の仕事を見て観衆がふき出して笑ったという話である。それを気にして国辱と思っている人もあるようである。しかし「原大陸」の茫漠たる原野以外の地球の顔を見たことのな・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 大学講堂の裏の橡の小森をぬけて一町くらいのゲオルゲン街の一区劃に地理教室と海洋博物館とが同居していた。地理のコロキウムはここで行われ、次の二学年を通じて聴いたペンクの一般地理学の講義もここの講堂で授けられた。気象や地球物理に比べて地理・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ 正面をはいった右側に西洋小間物を売る区画があるが自分はついぞここをのぞいて見た事がない。どういうものか自分はここだけ、よその商人が店借りして入り込んでいる気がする。どうしてこの洋品部が丸善に寄生あるいは共生しているかという疑問を出した・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
漫画とは何かという問に対して明確なる定義を下す事は困難であろう。また漫画とそれ以外の絵画との間に截然たる区劃線を引く事も容易ではない。漫画家自身でもおそらく人によってこれに関する所見を異にするに相違ない。今ここで私がせっか・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・細帯しどけなき寝衣姿の女が、懐紙を口に銜て、例の艶かしい立膝ながらに手水鉢の柄杓から水を汲んで手先を洗っていると、その傍に置いた寝屋の雪洞の光は、この流派の常として極端に陰影の度を誇張した区劃の中に夜の小雨のいと蕭条に海棠の花弁を散す小庭の・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・第二の門内に這入ると地盤が一段高くしてあって第一と同じ形式の唯だ少しく狭い平地は直様霊廟を戴く更に高い第三の乃ち最後の区劃に接しているのである。此処にはそれを廻る玉垣の内側が他のものとは違って、悉く廻廊の体をなし、霊廟の方から見下すとその間・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・かわらず、区別されたまま、他と関係なく発現するものでない、のみならず文芸にあっては皆感覚物を通じてその作用を現すのであるからして、この四種の理想に対する情操も、互に混合錯雑して、事実上はかように明暸に区劃を受けて、作物中に出てくるものではあ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ただ俳句十七字の小天地に今までは辛うじて一山一水一草一木を写し出だししものを、同じ区劃のうちに変化極まりなく活動止まざる人世の一部分なりとも縮写せんとするは難中の難に属す。俳句に人事的美を詠じたるもの少きゆえんなり。芭蕉、去来はむしろ天然に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫