・・・三年まえ、私は中村地平という少し気のきいた男と、のべつまくなしに議論していて半年ほどをむだに費やしたことがございます。そのころ、かれは、二、三の創作を発表し、地平さん、地平さん、と呼ばれて、大いに仕合せであった。地平も、そのころ、おのれを仕・・・ 太宰治 「喝采」
・・・「その日数だけ休暇が貰えるかね。半年は掛かるよ。」中尉はこう云って、小さい銀行員を、頭から足まで見卸した。「ええ。僕がいないと、銀行で差支えるのですが、どうにかして貰えないことはなかろうと思います。」実はこれ程容易な事はない。自分が・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ これに似た他の場合を思い出す。 半年ほど下駄というものをはかないでいる。そうして久しぶりに下駄をはいて四五町も歩くと、足一面が妙にひきつれたようになって歩けなくなる。おしまいには腰のへんまでひきつってしまう。それが、足袋をはいてだ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 芝の増上寺の焼けたのもやはりその頃の事だと私は記憶している。 半年ほど過ぎてから、あるいは一年ほど過ぎていたかも知れぬ。私はその頃日記をつけていなかったので確な事は覚えていない。或日再び小石川を散歩した。雨気を含んで重苦しい夕風が・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・ 汚ない姿をして、公園に寝ていた、ために、半年の間、ビックリ箱の中に放り込まれた。出るとすぐ跟け廻され、浮浪罪で留置された。それが彼の生活の基調に習慣づけられた。 そうなるためには、留置場や、監房は立派な教材に満ちていた。間違っ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・また、区内の戸毎に命じて、半年に金一歩を出ださしめ、貸金の利足に合して永続の費に供せり。ただし半年一歩の出金は、その家に子ある者も子なき者も一様に出ださしむる法なり。金銀の出納は毎区の年寄にてこれを司り、その総括をなす者は総年寄にて、一切官・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・クねずみはいちばんはじめの一に一をたして二をおぼえるのに半年かかったのです。「一に二をかけると二です。」「そうともさ。」「一を二で割ると……。」クねずみはまたつまってしまいました。すると猫の子供らはまた一度に声をそろえて、「・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
この半年ばかりのうちに、私たちの生活におこった変化は、日本のこれまでのいつの歴史にもその例がないほど、激しいものです。日本は今、非常な困難とたたかいながら、一日も早く民主の国となり、平和の保証された国となり、世界に再び独立・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・ 花房は大学を卒業して官吏になって、半年ばかりも病院で勤めていただろう。それから後は学校教師になって、Laboratorium に出入するばかりで、病人というものを扱った事が無い。それだから花房の記憶には、いつまでも千住の家で、父の代診・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・何んでも僕の聞いたところでは、世界の数学界の実力は、年齢が二十歳から二十三四歳までの青年が握っていて、それも、半年ごとに中心の実力が次ぎのものに変っていく、という話を、ある数学者から聞いたことがありますが、日本の数学も、実際はそんなところに・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫