・・・「もっとも半月の上になりますから。」と運転手は一筋路を山の根へ見越して、やや反った。「半月の上だって落着いている処じゃないぜ。……いや、もうちと後路で気をつけようと、修善寺を出る時から思っていながら、お客様と話で夢中だった。――」「何、海岸・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ それから、半月ばかりたってから、良吉は、ふたたび用たしのために、ガードの下を通りかかりました。そのとき、彼は、なんで落書きのことを思い出さずにいましょう。「あの落書きは、まだ書いてあるかな。あれから、もし隣村の子が見たら、なにかま・・・ 小川未明 「隣村の子」
・・・私は間抜けた顔をして、半月余りそわそわと文子のことを想っていましたが、とうとうたまりかねて大阪へ行きました。そして宗右衛門町の桔梗屋という家に上り、文子を呼んでもらうと、文子は十日ほど前にレコード会社の重役に引かされて東京へ行かはった。レコ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・看病に追われて怠けていた上、一代が死んだ当座ぽかんとして半月も編輯所へ顔を見せなかったのだ。寺田はまた旧師に泣きついて、美術雑誌の編輯の口を世話してもらった。編輯員の二人までがおりから始まった事変に召集されて、欠員があったのだ。こんどは怠け・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ また、つい半月程前のことであった。彼等の一人なるYから、亡父の四十九日というので、彼の処へも香奠返しのお茶を小包で送って来た。彼には無論一円という香奠を贈る程の力は無かったが、それもKが出して置いて呉れたのであった。Yの父が死んだ時、・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・月の初めと半ばとの二度に分けて、半月に一円ずつの小遣を渡すのを私の家ではそう呼んでいた。「今月はまだ出さなかったかねえ。」「とうさん、きょうは二日だよ。三月の二日だよ。」 それを聞いて、私は黒いメリンスを巻きつけた兵児帯の間から・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・深夜の山の杉の木は、にょきにょき黙ってつっ立って、尖った針の梢には、冷い半月がかかっていた。なぜか、涙が出た。しくしく嗚咽をはじめた。おれは、まだまだ子供だ。子供が、なんでこんな苦労をしなければならぬのか。 突然、傍のかず枝が、叫び出し・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・この様子では半月もたった後に来て見たらもう災害の痕跡はきれいに消えているのではないかという気もした。もっと南のほうの損害のひどかった町村ではおそらくそう急には回復がむつかしいであろうが。 三島神社の近くでだいぶゆすぶられたらしい小さなシ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 西洋へ行く前にどうしても徹底的にわるい歯の清算をしておく必要があるのでおおよそ半月ほど毎日○○病院に通った。継ぎ歯、金冠、ブリッジなどといったような数々の工事にはずいぶんめんどうな手数がかかった。抜歯も何本か必要であったが、昔とちがっ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・たぶん半月ほど経ってからと思うが、ある日ふと想い出して覗いてみると蜂は見えなかった。のみならず巣の工事は前に見た時と比べてちっとも進んでいないようであった。なんだか予想が外れたというだけでなしに一種の――ごく軽い淋しさといったような心持を感・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫