・・・今夜買ったのは半月形で蒼海原に帆を孕んだ三本檣の巨船の絵である。夕日を受けた帆は柔らかい卵子色をしている。海と空の深い透明な色を見ていると、何かしら遠いゆかしいような想いがするのを喜んで買った。 欲しいと思った皿を買ったのは愉快であるが・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・どういう訳か逗子へ半月ばかり行っていた時の事を半紙二帖ほどに書いたものが、今だに自分の手篋の底に保存されてある。成島柳北が仮名交りの文体をそのままに模倣したり剽窃したりした間々に漢詩の七言絶句を挿み、自叙体の主人公をば遊子とか小史とか名付け・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・その年正月の下半月、師匠の取席になったのは、深川高橋の近くにあった、常磐町の常磐亭であった。 毎日午後に、下谷御徒町にいた師匠むらくの家に行き、何やかやと、その家の用事を手つだい、おそくも四時過には寄席の楽屋に行っていなければならない。・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・ 私は未だ極道な青年だった。船員が極り切って着ている、続きの菜っ葉服が、矢っ張り私の唯一の衣類であった。 私は半月余り前、フランテンの欧洲航路を終えて帰った許りの所だった。船は、ドックに入っていた。 私は大分飲んでいた。時は蒸し・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・そこで二人目の子供を産んで半月立った或る夕方、茶の間に坐っていた女がいきなり亭主におこりつけた。「いやな人! 何故其那に蓮の花なんぞ買いこんで来たんだよ、縁起がわるい!」 亭主は働きのない、蒼い輓い顔をした小男であった。「――俺・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 一九三四年八月十七日から半月の間モスクで「五十二の民族、五十二の言葉、五十二の文学」を一堂にあつめて第一回全ソヴェト同盟作家大会が行われた。そのとき、フランスからロマン・ロラン、バルビュス、マルローその他の作家が招待された。招待された・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・な医者の顔、あれこれと、自分が無我夢中になる前五六分の間に見た事聞いた事が、それより前にあった百の事、千の事よりもはっきりと頭に残って、夜中だの、熱のある時は、よく、此の恐ろしい様子にうなされて居た。半月ほど、病院のどっちを向いても灰色の淋・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・「もう半月ばかりで帰りますよ」「神戸のどこなの?」「……ああ、由子さん、そのコスモスお持ちなさい、今剪ってあげましょうね」 お祖母さんという人は、親切な人であったがそういう風な返事をした。 再びお千代ちゃんの顔を見た・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ 私が行けないから小包みばかりがノロノロと道中して行くのかと思うと気がもめますね、いつぞやの栄養読本が半月かかったあのでんでは隆治さんは出発してしまいます。こう書いているうち益不安になってきたが土曜日から日、月とかけててっちゃんに行って・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・それはちょうど祇園祭りのころで、昔は京都の市民が祭りの一週間とその前後とで半月以上にわたって経済的活動を停止した時期である。 しかしこの静止状態が続くのは、せいぜい三週間であって、一個月にはならなかったと思う。土用の末ごろにはもう東山の・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫