・・・汽車は勿論そう云う間も半面に朝日の光りを浴びた山々の峡を走っている。「Tratata tratata tratata trararach」 芥川竜之介 「お時儀」
・・・が、その二三町を通るうちに丁度半面だけ黒い犬は四度も僕の側を通って行った。僕は横町を曲りながら、ブラック・アンド・ホワイトのウイスキイを思い出した。のみならず今のストリントベルグのタイも黒と白だったのを思い出した。それは僕にはどうしても偶然・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・それも百姓に珍らしい長い顔の男で、禿げ上った額から左の半面にかけて火傷の跡がてらてらと光り、下瞼が赤くべっかんこをしていた。そして唇が紙のように薄かった。 帳場と呼ばれた男はその事なら飲み込めたという風に、時々上眼で睨み睨み、色々な事を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
一 数日前本欄に出た「自己主張の思想としての自然主義」と題する魚住氏の論文は、今日における我々日本の青年の思索的生活の半面――閑却されている半面を比較的明瞭に指摘した点において、注意に値するものであった。け・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 時にそよがした扇子を留めて、池を背後に肱掛窓に、疲れたように腰を懸ける、と同じ処に、肱をついて、呆気に取られた一帆と、フト顔を合せて、恥じたる色して、扇子をそのまま、横に背いて、胸越しに半面を蔽うて差俯向く時、すらりと投げた裳を引いて・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・枠の四つの柄は、その半面に対しても幸に鼎に似ない。鼎に似ると、烹るも烙くも、いずれ繊楚い人のために見る目も忍びないであろう処を、あたかも好、玉を捧ぐる白珊瑚の滑かなる枝に見えた。「かえりに、ゆっくり拝見しよう。」 その母親の展墓であ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・九 椿岳の人物――狷介不羈なる半面 椿岳の出身した川越の内田家には如何なる天才の血が流れていたかは知らぬが、長兄の伊藤八兵衛は末路は余り振わなかったが、一度は天下の伊藤八兵衛と鳴らした巨富を作ったし、弟の椿岳は天下を愚弄した・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・官僚気質の極めて偏屈な人で、容易に人を近づけないで門前払いを喰わすを何とも思わないように噂する人があるが、それは鴎外の一面しか知らない説で、極めてオオプンな、誰に対しても城府を撤して奥底もなく打解ける半面をも持っていたのは私の初対面でも解る・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・忠孝の結晶として神に祀られる乃木将軍さえ若い頃には盛んに柳暗花明の巷に馬を繋いだ事があるので、若い沼南が流連荒亡した半面の消息を剔抉しても毫も沼南の徳を傷つける事はないだろう。沼南はウソが嫌いであった。「私はウソをいった事がない」と沼南自身・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 朝日が日向灘から昇ってつの字崎の半面は紅霞につつまれた。茫々たる海の極は遠く太平洋の水と連なりて水平線上は雲一つ見えない、また四国地が波の上に鮮やかに見える。すべての眺望が高遠、壮大で、かつ優美である。 一同は寒気を防ぐために盛ん・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
出典:青空文庫