・・・そんなに誠意のあるウエルカムではなかったようだ。卑劣な自己防衛である。なんの責任感も無かった。学生たちを怒らせなければ、それでよかった。私は学生たちの話を聞きながら、他の事ばかり考えていた。あたりさわりの無い短い返辞をして、あいまいに笑って・・・ 太宰治 「新郎」
・・・庭園の私語も、家来たちの卑劣な負け惜しみに過ぎなかったのではあるまいか。あり得る事だ。僕たちだって、佳い先輩にさんざん自分たちの仕事を罵倒せられ、その先輩の高い情熱と正しい感覚に、ほとほと参ってしまっても、その先輩とわかれた後で、「あの・・・ 太宰治 「水仙」
・・・いやいや、出席でも欠席でも、とにかく返事を出すということが、すでに卑劣のすけべいである。招待を受けても、聞えぬふりして返事も出さず、ひそかに赤面し、小さくなって震えているのが、いまの私の状態に、正しく相応している作法であった。 自身の弱・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ひとを平気でからかうのは、卑劣な心情の証拠だ。罵るなら、ちゃんと罵るがいい」「からかってやしないよ」しずかにそう応えて、胸のポケットからむらさき色のハンケチをとり出し、頸のまわりの汗をのろのろ拭きはじめた。「あああ」馬場は溜息ついて・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・たえ、忠義顔して、かつての友に吠え、兄弟、父母をも、けろりと忘却し、ただひたすらに飼主の顔色を伺い、阿諛追従てんとして恥じず、ぶたれても、きゃんといい尻尾まいて閉口してみせて、家人を笑わせ、その精神の卑劣、醜怪、犬畜生とはよくもいった。日に・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ どんなに自分が無内容でも、卑劣でも、偽善的でも、世の中にはそんな仲間ばかり、ごまんといるのだから、何も苦しんで、ぶちこわしの嫌がらせを言う必要はないだろう、出世をすればいいのだ、教授という肩書を得ればいいのだ、などとひそかにお思いにな・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・もう今日の洋画家中唯一の浅井忠氏を除けばいずれも根性の卑劣なぼうしつの強い女のような奴ばかりで、浅井氏が今度洋行するとなると誰れもその後任を引受ける人がない。ないではないが浅井の洋行が厭であるから邪魔をしようとするのである。驚いたものだ。不・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・口に正理を唱るも、身の行い鄙劣なれば、その子は父母の言語を教とせずしてその行状を見慣うものなり。いわんや父母の言行ともに不正なるをや。いかでその子の人たるを望むべき。孤子よりもなお不幸というべし。 あるいは父母の性質正直にして、子を愛す・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・をよむと、誤りをみとめつつ、なお林房雄などの卑劣さに対する本質的ないきどおりをしずめかねて、うたれつつたたかれつつ、なお自分の発言した心情の地点を譲歩しようとしていないわたしの姿が浮んでいる。 当時の運動の困難な状態が、運動に熟達してい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・という小説は、作品としては問題にするべきいくつかの点をもっているけれども、あのころ、わが身を庇うために、日本の知識人がどのくらい自負をすて卑劣になり、破廉恥にさえなっていたかという姿だけは、示しえている。 個人の問題ではなく、文学の置か・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫