・・・事実、名人の卓抜の腕前を持っていたのだが、信じる事が出来ずに狂った。そこには、殿様という隔絶された御身分に依る不幸もあったに違いない。僕たち長屋住居の者であったら、「お前は、おれを偉いと思うか。」「思いません。」「そうか。」・・・ 太宰治 「水仙」
・・・黄村先生とは、どんな御人物であるか、それに就いては、以前もしばしば御紹介申し上げた筈であるから、いまは繰り返して言わないけれども、私たち後輩に対して常に卓抜の教訓を垂れ給い、ときたま失敗する事があるとはいうものの、とにかく悲痛な理想主義者の・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・あらゆる芸術の分野でごく少数の卓抜な選良たちは常に主観と客観とを二つのものに分けて扱う習俗を跨ぎこして、真実の核心に迫って行っている。主観的な時代には特にそのことの価値が考えられるのである。〔一九四一年五月〕・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・ロマンティックな要素、そしてその反面に根をはっている封建風なもの、この両者はそれぞれ独自なニュアンスをなして、云わばこの卓抜な二人の作家の正直さ、善良さ、真摯さの故に矛盾をも明かに示しつつ、生涯の実生活と作品とを綾どっている。 今日の日・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 長女茉莉子さんの長子が、やはり西洋風の発音で、漢字名をつけられている。そのように、根はひろく、ふかいのである。 卓抜な芸術家は人間的磁力がきついものである。家庭のまわりのものに影響の及ぼさぬ程の熱気とぼしい存在で、巨大な芸術的天分・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・ カールと『独仏年誌』を中心としてその家に集る亡命者の中には、卓抜な諸部門のチャンピオンたちにまじって、当時四十八歳だった詩人ハイネがいた。カール・マルクスより二十一歳も年長であったハイネとカールとの間には、真実な友情がむすばれていた。・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ファーブルの昆虫記は卓抜精緻な観察で科学上多くの貢献をしているし、縦横に擬人化したその描写は、それらの本が出た十九世紀の末から今日まで、そしてなおこれからもあらゆる年齢と社会層の読者を魅してゆくだろうと思われる。けれども文化の感覚が成長して・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・彼女を生んだポーランドの生活、彼女を活動させたフランスの社会の習俗、それらのことは彼女の卓抜な性格、資質と切るに切れない関係をもって、偉大な仕事を成就させている。彼女が女であって或る人類的な努力を貫徹したことは、今日の現実の中で何と云っても・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・そういう日本の封建の気風の中では、一つの藩が、とびぬけて卓抜な学者、芸術家をもっているということさえも不安であった。 東北の伊達一族は、その胆力と智略とで、徳川から特別の関心をもたれた。聰明な伊達の家長たちは、その危険を十分に洞察した。・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・ ブロンドの背の高い、両肩の少し曲った眼なざしに極度の優しみを湛えている卓抜な科学者ピエールは、その父親と違って不断は時事問題などに対して決して乗り出さなかった。「私は腹を立てるだけ強くないんです」と自分からいっていたピエールが、ド・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
出典:青空文庫