・・・今の世の中の博愛とか、慈善とかいうものは、他人が生活に苦しみ、また境遇に苦しんでいる好い加減の処でそれを救い、好い加減の処でそれを棄てる。そして、終にこの人間に窮局まで達せしめぬ。私はこんな行為を愛ということは出来ぬ。本当の愛があれば、その・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・博士は、敬虔な生物学者に共通の博愛心から、「かわいそうにな、ありは、勤勉な虫だが、どういうものか、みんなにきらわれる。熱湯でもかければ、死ぬには死ぬが……」と、答えられたのです。「ありと蜂」の生活についてファーブルに比すべき研究のあった・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・前者は利己主義となり、後者は博愛心となる。 この二者は、古来氷炭相容れざるもののごとくに考えられていた。また事実において、しばしば矛盾もし、衝突もした。しかし、この矛盾・衝突は、ただ四囲の境遇のためによぎなくせられ、もしくは養成せられた・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・が自然であるかのように見える、左れど一面には亦た種保存の本能がある、恋愛である、生殖である、之が為めには直ちに自己を破壊し去って悔みない省みないのも、亦た自然の傾向である、前者は利己主義となり、後者は博愛心となる。 此二者は古来氷炭相容・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ × 博愛主義。雪の四つ辻に、ひとりは提燈を持ってうずくまり、ひとりは胸を張って、おお神様、を連発する。提燈持ちは、アアメンと呻く。私は噴き出した。 救世軍。あの音楽隊のやかましさ。慈善鍋。なぜ、鍋でなければいけ・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ 彼の人間に対する態度は博愛的人道的のものであるらしい。彼の犀利な眼にはおそらく人間のあらゆる偏見や痴愚が眼につき過ぎて困るだろうという事は想像するに難くない。稀に彼の口から洩れる辛辣な諧謔は明らかにそれを語るものである。弱点を見破る眼・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ちょっと考えると、少なくも科学者のほうは、学問の性質上きわめて博愛的で公平なものでありそうなのに事実は必ずしもそうでないのは謎理的のようである。しかしよく考えてみると、科学者芸術家共に他の一面において本来一種の自己主義者たるべき素質を備えて・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・ 今日の世界的道義はキリスト教的なる博愛主義でもなく、又支那古代の所謂王道という如きものでもない。各国家民族が自己を越えて一つの世界的世界を形成すると云うことでなければならない、世界的世界の建築者となると云うことでなければならない。・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・く議論して、あるいは儒道に由らんといい、あるいは仏法に従わんといい、あるいは耶蘇教を用いんというものあれば、また一方にはこれを悦ばず、儒仏耶蘇、いずれにてもこれに偏するは不便なり、つまり自愛に溺れず、博愛に流れず、まさにその中道を得たる一種・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・「対人的には朋友を信じ博愛衆に及ぼし」近衛文麿、永井柳太郎等が文学を判ろうとしている誠意に感奮して、「実行の文学」を唱え、某方面の後援によって満州へ出かけられることに誇りを感じているらしい姿も、林氏の言葉につれて読者の心に思い浮んで来るので・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫