・・・しかし幽霊が出るって言ったのは磯っ臭い山のかげの卵塔場でしたし、おまけにそのまたながらみ取りの死骸は蝦だらけになって上ったもんですから、誰でも始めのうちは真に受けなかったにしろ、気味悪がっていたことだけは確かなんです。そのうちに海軍の兵曹上・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・……上の寺の人だと、悪いんだが、まったく、これは荒れているね。卵塔場へ、深入りはしないからよかったけれど、今のを聞いては、足がすくんで動かれないよ。」「ははははは。」 鼻のさきに漂う煙が、その頸窪のあたりに、古寺の破廂を、なめくじの・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 庫裡に音信れて、お墓経をと頼むと、気軽に取次がれた住職が、納所とも小僧ともいわず、すぐに下駄ばきで卵塔場へ出向わるる。 かあかあと、鴉が鳴く。……墓所は日陰である。苔に惑い、露に辷って、樹島がやや慌しかったのは、余り身軽に和尚どの・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・だけ黒く浮いて出ると、お経ではない、あの何とか、梵字とかのようで、卵塔場の新墓に灯れていそうに見えるから、だと解く。――この、お町の形象学は、どうも三世相の鼇頭にありそうで、承服しにくい。 それを、しかも松の枝に引掛けて、――名古屋の客・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・毒虫が苦しいから、もっと樹立の少い、広々とした、うるさくない処をと、寺の境内に気がついたから、歩き出して、卵塔場の開戸から出て、本堂の前に行った。 然まで大きくもない寺で、和尚と婆さんと二人で住む。門まで僅か三四間、左手は祠の前を一坪ば・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・「久助って、寺爺やです。卵塔場で働いていて、休みのお茶のついでに、私をからかったんでしょう。子供だと思っている。おじさんがいらっしゃるのに、見さかいがない。馬鹿だよ。」「若いお前さんと、一緒にからかわれたのは嬉しいがね、威かすにして・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
出典:青空文庫