・・・素足に染まって、その紅いのが映りそうなのに、藤色の緒の重い厚ぼったい駒下駄、泥まみれなのを、弱々と内輪に揃えて、股を一つ捩った姿で、降しきる雨の待合所の片隅に、腰を掛けていたのである。 日永の頃ゆえ、まだ暮かかるまでもないが、やがて五時・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・凍え死すとも、厚ぼったい毛糸の類は用いぬ覚悟の様でした。けれども、この外套は、友だちに笑われました。大きい襟を指さして、よだれかけみたいだね、失敗だね、大黒様みたいだね、と言って大笑いした友人がひとりあったのでした。また、やあ君か、おまわり・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・描き方としては随分重苦しく厚ぼったいものである。軽妙な仕上げを生命とする一派の人の眼で見ればあるいは頭痛を催す種類のものかもしれない。それだけに作家の当該の自然に対する感じあるいはその自然の中に認めた生命が強い強度で表わされていると思った。・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・ やがて弁当の支度を母親に任かして、お絹は何かしら黒っぽい地味な単衣に、ごりごりした古風な厚ぼったい帯を締めはじめた。「ばかにまた地味づくりじゃないか」道太がわざと言うと、お絹は処女のように羞かんでいた。 道太は今朝辰之助に電話・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 冬だと、誰でも靴の上にもう一つ重ねてフェルトの厚ぼったい防寒靴をはいて外を歩くのだが、ところによると映画館でもそれを脱がなければならないところがある。そして、下足に預ける。皆がそれをやるからひどい混雑でいやな思いもする。近所のその映画・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・ あなたの冬用の厚ぼったいドテラが今縫いあがりました。フランネルじゅばんと入れます。どうかそのおつもりで、不用の袷類を下げてお置き下さい。 さむくなりましたが、今年は去年より概して暖いのではないかしら。きょうなどなかなかおだやかな日・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫