・・・そして夜の更けるまで書きものをしていた。友達の旆騎兵中尉は、「なに、色文だろう」と、自ら慰めるように、跡で独言を言っていたが、色文なんぞではなかった。 ポルジイは非常な決心と抑えた怒とを以て、書きものに従事している。夕食にはいつも外へ出・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・の帽子、例のインバネス、例の背広、例の靴で、例の道を例のごとく千駄谷の田畝にかかってくると、ふと前からその肥った娘が、羽織りの上に白い前懸けをだらしなくしめて、半ば解きかけた髪を右の手で押さえながら、友達らしい娘と何ごとかを語り合いながら歩・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・もっとも一つは年を取って神経が鈍くなったせいもあるかもしれないが、一つには自分が昔おどかされた雷の兄弟分と友達になって毎日のように一緒に遊ぶことになったためと思われる。こうして雷鳴に対する神秘的の恐ろしさがなくなりはしたが、たぶんその恐ろし・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
一 私は今年四十二才になる。ちょうどこの雑誌の読者諸君からみれば、お父さんぐらいの年頃であるが、今から指折り数えると三十年も以前、いまだに忘れることの出来ないなつかしい友達があった。この話はつくりごとでないから・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・死んだ友達の遺著など、あわてて取出し、夜のふけわたるまで読み耽けるのも、こんな時である。 若葉の茂りに庭のみならず、家の窓もまた薄暗く、殊に糠雨の雫が葉末から音もなく滴る昼過ぎ。いつもより一層遠く柔に聞えて来る鐘の声は、鈴木春信の古き版・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・余は固より政党政治に無頓着な質であって、今の衆議院の議長は誰だったかねと聞いて友達から笑われたくらいの男だから、露西亜に議会があるかないかさえ知らない。したがってこの談話には何らの興味もなかった。それで、あんまり長いから、談話の途中で失敬し・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・「あの女は俺達の友達だ」「じゃあ何だって、友達を素っ裸にして、病人に薬もやらないで、おまけに未だ其上見ず知らずの男にあの女を玩具にさすんだ」「俺達はそうしたい訳じゃないんだ、だがそうしなけれゃあの女は薬も飲めないし、卵も食えなく・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・若子を何時までも友達にして下さってね、私の母の処へも時々遊びに行って下さい。よいですか。』 私は唯胸が痛くなるばかりで、御返辞さえ出来ないのでした。『兄さん、』と、若子さんは御呼掛でしたが、辛ッと私に聞こえる位の声で、『あのう、阿母・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・一 若き時は夫の親類友達下部等の若男には打解けて物語近付べからず。男女の隔を固すべし。如何なる用あり共、若男に文など通すべからず。 若き時は夫の親類友達等に打解けて語る可らず、如何なる必要あるも若き男に文通す可らずと・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・マドレエヌの所へ友達の女が来ていてそれがやっと今帰って行ったのだな。」こう思ってまた五六分間待った。そのうちそろそろ我慢がし切れなくなった。余り人を馬鹿にしているじゃないか。オオビュルナンはどこかにベルがありそうなものだと、壁を見廻した。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫