・・・が、一方ではまたその当然すぎる事が、多少の反撥を心に与えたので、私は子爵の言が終ると共に、話題を当時から引離して、一般的な浮世絵の発達へ運ぼうと思っていた。しかし本多子爵は更に杖の銀の握りで、芳年の浮世絵を一つ一つさし示しながら、相不変低い・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・あたりの風物に圧せらるるには、あまりに反撥心の強い活動力をもっている。されば小樽の人の歩くのは歩くのでない、突貫するのである。日本の歩兵は突貫で勝つ、しかし軍隊の突貫は最後の一機にだけやる。朝から晩まで突貫する小樽人ほど恐るべきものはない。・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 最も臆病に、最も内心に恐れておった自分も、側から騒がれると、妙に反撥心が起る。殊更に落ちついてる風をして、何ほど増して来たところで溜り水だから高が知れてる。そんなにあわてて騒ぐに及ばないと一喝した。そうしてその一喝した自分の声にさえ、・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ イツの時代にも保守と急進とは相対立して互に相反撥し相牽掣する。が、官僚はイツでも保守的であって、放縦危激な民論を控制し調節するが常である。官僚が先へ立って突飛な急進の空気を醸成して民間から反対されたというは滅多に聞かない話であって、伊・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 彼の都会に於て、虚栄の町に於て、もしくは富豪の家庭にて、潜在する如き幾多の虚偽と罪悪に満ちた生活には、外面は城壁で守られ、また剣で講られる必要があっても、内部に何の反撥する力というものが存在しない。一蹴すれば、蟻の塔のようにもろく壊れ・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・文学趣味のある彼女は豹一の真赤に染められた頬を見て、この少年は私の反撥心を憎悪に進む一歩手前で喰い止めるために、しばしば可愛い花火を打ち上げると思った。なお、この少年は私を愛していると己惚れた。それをこの少年から告白させるのはおもしろいと思・・・ 織田作之助 「雨」
・・・彼は、心でそのいかめしさに反撥しながら、知らず/\素直におど/\した返事をした。「そのまゝこっちへ来い。」 下顎骨の長い、獰猛に見える伍長が突っ立ったまゝ云った。 彼は、何故、そっちへ行かねばならないか、訊ねかえそうとした。しか・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 武石は反撥した。彼は、ガンガン硝子戸を叩いた。「ガーリヤ、ガーリヤ、今晩は!」 次の部屋から面倒くさそうな男の声がひびいた。「ガーリヤ!」「何だい。」 ウラジオストックの幼年学校を、今はやめている弟のコーリヤが、白・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・同時に、なんとも云えない不愉快な反撥したい感情を味わった。それは、朝鮮人が日本人に対して持つ感情だ。そんな気がした。彼等は、わざと知らぬ振りをして、而も、メリケン兵が居る側へ神経を集中して通りぬけなければならなかった。が、向うから、こっちを・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・それに反撥するように、吉田は、「あの橋のところまで馳せっくらべしよう。」「うむ。」小村は相変らずの声を出した。「さあ、一、二、三ン!」 吉田がさきになって、二人は、一町ほど走ったが、橋にまで、まだ半分も行かないうちに、気ぬけ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
出典:青空文庫