・・・小説家堀川保吉はある婦人雑誌の新年号の口絵に偶然三重子を発見した。三重子はその写真の中に大きいピアノを後ろにしながら、男女三人の子供と一しょにいずれも幸福そうに頬笑んでいる。容色はまだ十年前と大した変りも見えないのであろう。目かたも、――保・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・最後にその茶箪笥の上の壁には、いずれも雑誌の口絵らしいのが、ピンで三四枚とめてある。一番まん中なのは、鏑木清方君の元禄女で、その下に小さくなっているのは、ラファエルのマドンナか何からしい。と思うとその元禄女の上には、北村四海君の彫刻の女が御・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・顔が、不思議なくらい美しく、そのころ姉たちが読んでいた少女雑誌に、フキヤ・コウジとかいう人の画いた、眼の大きい、からだの細い少女の口絵が毎月出ていましたけれど、兄の顔は、あの少女の顔にそっくりで、私は時々ぼんやり、その兄の顔を眺めていて、ね・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ アメリカのスロッソンという新聞記者のかいた書物の口絵にある写真はちょっとちがった感じを与える。どこか皮肉な、今にも例の人を笑わせる顔をしそうなところがある。また最近にタイムス週刊の画報に出た、彼がキングス・カレッジで講演をしている横顔・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・また通俗科学雑誌のページと口絵をにぎわすものの大部分は科学的商品の引き札であったり、科学界の三面記事のごときものである。人間霊知の作品としての「学」の一部を成すところの科学はやはり「言葉」でつづられた記録でありまた予言であり、そうしてわれわ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・のみならずそれまでは雑誌の口絵にでもありそうな感じのあった絵が、この改造のためにいくらか落ちついた古典的といったような趣を生じた。そして色の対照の効果で顔の色の赤みが強められるのであった。しかしまた同時に着物がやはり赤っぽく見えだして気に入・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・富岡永洗、武内桂舟などの木版色刷りの口絵だけでも当時の少年の夢の王国がいかなるものであったかを示すに充分なものであろう。 これらの読み物を手に入れることは当時のわれわれにはそれほど容易ではなかった。二十銭三十銭を父母にもらい受ける手数の・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・たしか『太陽』の口絵にて見たるようなりと考うれば、さなり三条君美の君よと振返れば早や見えざりける。また降り出さぬ間と急いで谷中へ帰れば木魚の音またポン/\/\。 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・その頃新小説に梶田半吉という画家のかいた絵が口絵にあって、肩の上に髪をたらした若い改良服の女がバラの花に顔をよせている絵があったりした。母は、自分のために改良服よりもっとハイカラと思われた一組の洋装をこしらえた。今思えば、白いレース・カーテ・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・見えないところでというのは、婦人雑誌の口絵などでは、やっぱり三面鏡のついた化粧台が若い女性の憧れの象徴のように出されたりしているのだから。 女が鏡に向うと誰でもいくらか表情をかえるのは面白いと思う。瞬間つい気取るようにして、眼のなかには・・・ 宮本百合子 「この初冬」
出典:青空文庫