・・・短躯猪首。台詞がかった鼻音声。 酒が相当にまわって来たころ、僕は青扇にたずねたのである。「あなたは、さっき職業がないようなことをおっしゃったけれど、それでは何か研究でもしておられるのですか?」「研究?」青扇はいたずら児のように、・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・許す、なんて芝居の台詞がかった言葉は、君みたいの人は、僕に向って使えないのだよ。君は、君の身のほどについて、話にならんほどの誤算をしている。ただ、君は年齢も若いのだし、まだ解らぬことが沢山あるのだし、僕にもそういう時代があったのだから黙って・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・芝居の台詞みたいな一種リズミカルな口調でもって、「君、僕は泣いているのじゃないよ。うそ泣きだ。そら涙だ。ちくしょう! みんなそう言って笑うがいい。僕は生れたときから死ぬるきわまで狂言をつづけ了せる。僕は幽霊だ。ああ、僕を忘れないで呉れ! 僕・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・と、キザもキザ、それに私のような野暮な田舎者には、とても言い出し得ない台詞ですが、でも私は大まじめに、その一言を言ってやりたくて仕方が無かったんです。死んでも、ひとのおもちゃになるな、物質がなんだ、金銭がなんだ、と。 思えば思われるとい・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・老人、気をつけ給え、このごろ不良の学生たちを大勢集めて気焔を揚げ、先生とか何とか言われて恐悦がっているようだが、汝は隣組の注意人物になっているのだぞ、老婆心ながら忠告致す、と口速に言いてすなわち之が捨台詞とでも称すべきものならんか、屋台の暖・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・喧嘩のまえには何かしら気のきいた台詞を言わないといけないことになっているが、次郎兵衛はその台詞の選択に苦労をした。型でものを言っては実際の感じがこもらぬ。こういう型はずれの台詞をえらんだ。おまえ、間違ってはいませんか。冗談じゃないかしら。お・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・いかほど悲しい事辛い事があっても、それをば決して彼のサラ・ベルナアルの長台詞のようには弁じ立てず、薄暗い行燈のかげに「今頃は半七さん」の節廻しそのまま、身をねじらして黙って鬱込むところにある。昔からいい古した通り海棠の雨に悩み柳の糸の風にも・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・マーシャを演じる俳優は、少い台詞と台詞との間に、内へ内へと拡り燃え活動しているマーシャの魂全体を捕えていなければならない。人間として密度の細かい心の疲れる性質と思われる。 芸術座の人々が、自分達の持って生れた言葉でやってさえ、なかなかう・・・ 宮本百合子 「「三人姉妹」のマーシャ」
・・・政治なんかに用はない、と憤りをひそめた家庭婦人の捨台詞こそ、どんなに、これまでの「政治」に私たち全人民が見切りをつけているかということの端的なあらわれであると思う。本当に、私たちにとって、これまでの政治は一つも用がなくなっているのである。・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫