・・・と罵った事をも私は明治小説史上の逸話として面白く記憶している。 いつぞや柳橋の裏路地の二階に真夏の日盛りを過した事があった。その時分知っていたこの家の女を誘って何処か凉しい処へ遊びに行くつもりで立寄ったのであるが、窓外の物干台へ照付・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・しかし流石にその二三の作品だけは、ニイチェでなければ書けない珠玉の絶唱で、世界文学史上にも特記さるべき名詩である。特に「今は秋、その秋の汝の胸を破るかな!」の悲壮な声調で始まつてる「秋」の詩。及び鴉等は鳴き叫び風を切りて町へ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・新言語を用い新趣向を求めたる彼の卓見は歌学史上特筆して後に伝えざるべからず。彼は歌人として実朝以後ただ一人なり。真淵、景樹、諸平、文雄輩に比すれば彼は鶏群の孤鶴なり。歌人として彼を賞賛するに千言万語を費すとも過賛にはあらざるべし。しかれども・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 芭蕉が創造の功は俳諧史上特筆すべきものたること論を竢たず。この点において何人かよくこれに凌駕せん。芭蕉の俳句は変化多きところにおいて、雄渾なるところにおいて、高雅なるところにおいて、俳句界中第一流の人たるを得。この俳句はその創業の功よ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・しかもこの現象は、探求されている日本文学史上のあらゆる近代性確立の問題の根蔕において繋がっているのであって、買うのはどういう人々だろう。荷風、潤一郎は昨今では闇屋の作家である。と云われている言葉がある。新聞には三千五百円の句集ということが話・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・ 一つの社会が、ある文学を生き越しきる、卒業する、ということは、社会史上の事業に属する。文学者は、この複雑で長い期間に亙る発展の見とおしに即して、自身の文学が、やがて真に生きこされ得る時代をもたらすようにと尽力する。社会主義リアリズムの・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・は、地球上もっとも大きい人口をもつ中華人民共和国の誕生によって、日本人民をこめるアジアの未来の運命の方向が決定的に変革された人類史上のできごとである。そういう内容のことがらを、政府の労働者階級抑圧のためのねつ造が大きく作用している下山、三鷹・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・吾々が本書で試みたように全歴史を一個の過程として眺めるとき、すなわち生命の着々たる向上的闘争を見るとき、その時こそ吾々は、現在の希望や危険が全歴史上で占める真の意義を知るであろう。まだ吾々はやっと人類の偉大さの最初の黎明期に達したばかりであ・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・ソヴェトは世界の芸術史上に、全く新しい一頁を開いているのだ。 従って、階級的にアカの他人であり、プロレタリアートが目標としているものとは反対な利害をもって生きている者に、ソヴェトの芝居が面白くない場合も万々あるだろう。面白くないのを通・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・る新しい社会運動の動力であったロシアを何かの形で世界に紹介したという点から見ても、ツルゲーネフは、当時オストロフスキー、トルストイ、ドストイェフスキー、ゴンチャロフ、ニェクラーソフなどと共にロシア文学史上の「七星」の一人と数えられただけの特・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫