・・・しかし或事情の為に軽率にも父母と同居し出した。同時に又奴隷に、暴君に、力のない利己主義者に変り出した。…… 前のホテルに帰ったのはもうかれこれ十時だった。ずっと長い途を歩いて来た僕は僕の部屋へ帰る力を失い、太い丸太の火を燃やした炉の前の・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・あなたのとことわたしのとこくらいのものですよ、本家分家があんな粗末な位牌堂に同居してるなんて。NのにしてもSのにしてもあんなに立派でしょうが……」お母さんは感慨めいた調子で言った。同姓間の家運の移り変りが、寺へ来てみると明瞭であった。 ・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・かくて彼が心は人々の知らぬ間に亡び、人々は彼と朝日照り炊煙棚引き親子あり夫婦あり兄弟あり朋友あり涙ある世界に同居せりと思える間、彼はいつしか無人の島にその淋しき巣を移しここにその心を葬りたり。 彼に物与えても礼言わずなりぬ。笑わずなりぬ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ この調子だから自分は遂に同居説を持だすことが出来ない。まして品行の噂でも為て、忠告がましいことでも言おうものなら、母は何と言って怒鳴るかも知れない。妻が自分を止めたも無理でない。「学校の先生なんテ、私は大嫌いサ、ぐずぐずして眼ばか・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・て止めません、お俊と別れるには及ぶまい、しばらく私が預かるから半年も稼いだら帰って来てまた一しょになるがよかろうと申しますと、藤吉は涙を流してよろこびまして、万事よろしく頼むと家を畳んでお俊を私の宅に同居させ、横浜へ出かけてしまいました。・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・おげんが心あてにして訪ねて行った熊吉はまだ外国の旅から帰ったばかりで、しばらく直次の家に同居する時であった。直次の家族は年寄から子供まで入れて六人もあった上に、熊吉の子供が二人も一緒に居たから、おげんは同行の養子の兄と共に可成賑かなごちゃご・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・戦災をまぬかれたとは、悪運つよしだ。同居人がいないのかね。それはどうも、ぜいたくすぎるね。いや、もっとも、女ばかりの家庭で、しかもこんなにきちんとお掃除の行きとどいている家には、かえって同居をたのみにくいものだ。同居させてもらっても窮屈だろ・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・私は、某新聞社の入社試験を受けたりしていた。同居の知人にも、またHにも、私は近づく卒業にいそいそしているように見せ掛けたかった。新聞記者になって、一生平凡に暮すのだ、と言って一家を明るく笑わせていた。どうせ露見する事なのに、一日でも一刻でも・・・ 太宰治 「東京八景」
人物。野中弥一 国民学校教師、三十六歳。節子 その妻、三十一歳。しづ 節子の生母、五十四歳。奥田義雄 国民学校教師、野中の宅に同居す、二十八歳。菊代 義雄の妹、二十三歳。その他 ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・もっともわざと焦点をはずした場合のように全部が均等に調和的にぼやけたのならば別であるが、明確なものと曖昧なものとが雑然と不調和に同居しているところに破綻があり不快がある。このような失敗はほとんど日本の時代物の映画に限って現われる特異現象であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫