・・・談の中に出て来る人には名高い人もあり、勿論虚構の談ではないと考えられるのである。 定窯といえば少し骨董好きの人なら誰でも知っている貴い陶器だ。宋の時代に定州で出来たものだから定窯というのである。詳しく言えばその中にも南定と北定とあって、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・山城の愛宕権現も勝軍地蔵を奉じたところで、それにつづいて太郎坊大天狗などという恐ろしい者で名高い。勝軍地蔵はいつでも武運を守り、福徳を授けて下さるという信仰の対的である。明智光秀も信長を殺す前には愛宕へ詣って、そして「時は今天が下知る五月か・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・そして客の註文を聞いたり、いろいろと取持ちをしたりする忙しい中で、ちょっとお三輪を見に来て、今のは名高い日本画家であるとか、今のは名高い支那通であるとか、と母に耳うちした。そういう当世の名士がこの池の茶屋を贔屓にして詰め掛けて来てくれるとい・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・己の家の饅頭がなぜこんなに名高いのだと思う、などとちゃらかすので、そんならお前さんはもう早くから人の悪口も聞いていたのかと問えば、うん、と言ってすましている。女房はわっと泣きだして、それを今日まで平気でいたお前が恨めしい。畢竟わしをばかにし・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・日本の大きい山椒魚は、これは世界中でたいへん名高いものだそうでございまして、私が最近、石川千代松博士の著書などで研究いたしましたところに依れば、いまから二百年ばかり前に独逸の南の方で、これまで見た事も無い奇妙な形の化石が出まして、或るそそっ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 馬禿山はその山の陰の景色がいいから、いっそう此の地方で名高いのである。麓の村は戸数もわずか二三十でほんの寒村であるが、その村はずれを流れている川を二里ばかりさかのぼると馬禿山の裏へ出て、そこには十丈ちかくの滝がしろく落ちている。夏の末・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・日比谷公会堂での三度目の辱かしめられた演奏会がおわった夜、馬場は銀座のある名高いビヤホオルの奥隅の鉢の木の蔭に、シゲティの赤い大きな禿頭を見つけた。馬場は躊躇せず、その報いられなかった世界的な名手がことさらに平気を装うて薄笑いしながらビイル・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・帝展の人気のある所因は事によるとここにあるかもしれないが、私にはどうも工合が悪く気持が悪い。名高い画家達のものを見ても、どうも私には面白味が分らない。こういう絵を見るよりも私はうちで複製の広重か江戸名所の絵でも一枚一枚見ている方が遥かに面白・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・ある都の大学を尋ねて行ったらそこが何かの役所になっていたり、名高い料理屋を捜しあてると貸し家札が張ってあったりした事もある。杜撰な案内記ででもあればそういう失敗はなおさらの事である。しかし、こういう意味で完全な案内記を求めるのは元来無理な事・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・これは豪徳寺――井伊掃部頭直弼の墓で名高い寺である。豪徳寺から少し行くと、谷の向うに杉や松の茂った丘が見える。吉田松陰の墓および松陰神社はその丘の上にある。井伊と吉田、五十年前には互に倶不戴天の仇敵で、安政の大獄に井伊が吉田の首を斬れば、桜・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫