・・・云う心の大部分は、純粋な芸術的感銘以外に作者の人生観なり、世界観なり兎に角或思想を吐露するのに、急であると云う意味であろう。この限りでは菊池寛も、文壇の二三子と比較した場合、謂う所の生一本の芸術家ではない。たとえば彼が世に出た以来、テエマ小・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・もし寸毫の虚偽をも加えず、我我の友人知己に対する我我の本心を吐露するとすれば、古えの管鮑の交りと雖も破綻を生ぜずにはいなかったであろう。管鮑の交りは少時問わず、我我は皆多少にもせよ、我我の親密なる友人知己を憎悪し或は軽蔑している。が、憎悪も・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・いちいち真実を吐露し合っていたんじゃ、やり切れない。私は、いつもだましていた。それだから女房は、いつも私を好いてくれた。真実は、家庭の敵。嘘こそ家庭の幸福の花だ、と私は信じていた。この確信に間違い無いか。私は、なんだか、ひどい思いちがいして・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・永野の葉書には、『太宰治氏を十年の友と安んじ居ること、真情吐露してお伝え下され度く』とあるから、原因が何であったかは知らぬが、益々交友の契を固くせられるよう、ぼくからも祈ります。永野喜美代ほどの異質、近頃沙漠の花ほどにもめずらしく、何卒、良・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ど、それが、どうしても言えず、これが随筆でなく、小説だったら、いくらでも濶達に書けるのだが、と一箇月まえから腹案中の短篇小説を反芻してみて何やら楽しく、書くんだったら小説として、この現在の鬱屈の心情を吐露したい。それまでは大事に、しまって置・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・今から、また、また、二十人に余るご迷惑おかけして居る恩人たちへお詫びのお手紙、一方、あらたに借銭たのむ誠実吐露の長い文、もう、いやだ。勝手にしろ。誰でもよい、ここへお金を送って下さい、私は、肺病をなおしたいのだ。ゆうべ、コップでお酒を呑んだ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ ある種の男のひとは、女が単純率直に心情を吐露するところがよとしているが、自分の心の真の流れを見ている女は、そういう言葉に懐疑的な微笑を洩すだろうと思う。現代の女は、決してあらゆる時と処とでそんなに単純素朴に真情を吐露し得る事情におかれ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 小さなこんなことでも、今日の青年の我知らず吐露している心理としてそこに注目するべき何かがある。日本の家庭の中に根づよい男の威張りや主張の癖に対して、こういう今日の若い人の心理は、事実上決してより新しく寛闊な家庭生活の習俗を生み出してゆ・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
・・・ 客観すれば病的な、そういう苦しく、いとしい精神表現がたがいの癖となってしまっているとき、にわかにぱっと窓があいて、光線が一時にさしこんできたとき、火花のようだった符号を朗々とした全文に吐露しなおし、それを構成して、たちどころにそれをひ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 詩吟というものは、ずっと昔も一部の人は好んだろうが、特に幕末から明治の初頭にかけて、当時の血気壮な青年たちが、崩れゆく過去の生活と波瀾の間に未だ形をととのえない近代日本の社会の出生を待つ時期の感懐を吐露するてだてとして流行したものであった・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
出典:青空文庫