・・・下の大きな、顴骨の高い、耳と額との勝れて小さい、譬えて見れば、古道具屋の店頭の様な感じのする、調和の外ずれた面構えであるが、それが不思議にも一種の吸引力を持って居る。 丁度私が其の不調和なヤコフ・イリイッチの面構えから眼を外らして、手近・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ですから決して当時の実社会と没交渉や無関係な訳では無くて、そして、それであったればこそ、当時の実社会の人間を沢山に吸引して読者としたのであるのです。 馬琴時代を歴史の眼を仮りて観察しますれば、儒教即ち孔孟の教えは社会に大勢力を持って居り・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・その音源はお園からは十メートル近くも離れた上手の太夫の咽喉と口腔にあるのであるが、人形の簡単なしかし必然的な姿態の吸引作用で、この音源が空中を飛躍して人形の口へ乗り移るのである。この魔術は、演技者がもしも生きた人間であったら決してしとげられ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・もちろんこれには規約的な条件も支配していると思われるが、心理的にこれらの口調が互いに相吸引していることは争われない。これはおそらく統計学的にも証明し得られるであろうと思う。 数字と数字との連想も半ば内容的であるが半ばは音調的の口移りから・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・等を生んだ菊池寛は、その作家としての特色の必然な発展と大戦後の経済界の膨脹につれて近代化したジャーナリズムの吸引によって、久米正雄と共に既に大衆文学へ移っている。さりとて上記の作家達が『文芸戦線』の文学運動に身を挺するには、その文学理論が納・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・以上のような安価な見透しに立って、インテリゲンチア作家たちは、つまりマルクス主義のこちら側で、自己をうちたてよう、強い自己を文学の上にうちたてて右からの波、左からの吸引に対し、高邁に己れ一人を持そうとしていると観察されるのである。純文学家が・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・男の作家の社会性の積極さということもむずかしい問題であって、あの波この波にすぐ反応を呈してそれに吸引されるままになったと云うことを指しているのでないことは明かなわけである。単純な適応を積極性と呼ばないとすれば、自身の芸術境に忠実であろうとす・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・ 第一に外国支部の前に控えている課題は、生産から労働者を文学に吸引することであり之と並んでプロレタリア文学の同伴者中から××的作家を誘引することである。」 前田河にしろ、葉山にしろ、日本プロレタリア文学史の上では或る役割を果した人々・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
出典:青空文庫