・・・そして忌まわしい世に別れを告げてしまった。 その同じ時刻に、安岡が最期の息を吐き出す時に、旅行先で深谷が行方不明になった。 数日後、深谷の屍骸が渚に打ち上げられていた。その死体は、大理石のように半透明であった。・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ お梅が帽子と外套を持ッて来た時、階下から上ッて来た不寝番の仲どんが、催促がましく人車の久しく待ッていることを告げた。 平田を先に一同梯子を下りた。吉里は一番後れて、階段を踏むのも危険いほど力なさそうに見えた。「吉里さん、吉里さ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・結婚は生涯の一大事にして、其法、西洋諸国にては当局の男女相見て相択び、互に往来し互に親しみ、いよ/\決心して然る後父母に告げ、其同意を得て婚式を行うと言う。然るに日本に於ては趣を異にし、男子女子の為めに配偶者を求むるは父母の責任にして、其男・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・甲板から帰って来た人が、大山大将を載せた船は今宇品へ向けて出帆した、と告げた時は誰も皆妬ましく感じたらしい。この船は我船より後れて馬関へはいったのである。殊に第二軍司令部附であった記者は、大山大将が一処に帰ろといわれたのを聴かずに先へ帰って・・・ 正岡子規 「病」
・・・「爾の時に疾翔大力、爾迦夷に告げて曰く、諦に聴け、諦に聴け、善くこれを思念せよ、我今汝に、梟鵄諸の悪禽、離苦解脱の道を述べん、と。 爾迦夷、則ち、両翼を開張し、虔しく頸を垂れて、座を離れ、低く飛揚して、疾翔大力を讃嘆すること三匝にし・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・家の小さいことは地積の関係ばかりでなく、代々この地方の農民が、決して、祖先からの骨をこの土地に埋めて来た稲田から、地主のように儲けたことは唯一度もなかったことを告げている。 稲田の間を駛りながら、私はつい先頃新聞に出た「百万人の失業者」・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ ついに市長は大いに困ってその筋に上申して指揮を仰ぐのほかなしと告げて席を立った。 この事件のうわさはたちまち広まった。老人が役所を出ずるや、人々はその周囲を取り囲んでおもしろ半分、嘲弄半分、まじめ半分で事の成り行きを尋ねた。しかし・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・と言って権右衛門に告げた。権右衛門はまだ役所から下がって、衣服も改めずにいたので、そのまま館へ出て忠利に申し上げた。忠利は「尤ものことじゃ。切腹にはおよばぬ」と言った。このときから小姓は権右衛門に命を捧げて奉公しているのである。 小姓は・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 母は十分に口が利けなくなッたので仕方なく手真似で仔細を告げ知らせた。告げ知らせると平太の顔はたちまちに色が変わッた。「さらばあのくさりかたびらの……」 言いかけたがはッと思ッて言葉を止めた。けれどこなたは聞き咎めた。「和主・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・そこで二人は都電で六本木まで行くことにしたが、栖方は、自動車の番号を梶に告げ、街中で見かけたときはその番号を呼び停めていつでも乗ってくれと云ったりした。電車の中でも栖方は、二十一歳の自分が三十過ぎの下僚を呼びつけにする苦痛を語ってから、こう・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫