・・・と手を打ちながら、彼自身よりも背の高い、銀杏返しの下女を呼び出して来た。それから、――筋は話すにも足りない、一場の俄が始まった。 舞台の悪ふざけが加わる度に、蓆敷の上の看客からは、何度も笑声が立ち昇った。いや、その後の将校たちも、大部分・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ やがて、大名が、「まず、与六を呼び出して申しつけよう。やいやい与六あるか。」とか何とか云うと、「へえ」と答えながらもう一人、黒い紗で顔を隠した人が、太郎冠者のような人形を持って、左の三色緞子の中から、出て来た。これは、茶色の半上下に、・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・一体、悪魔を払う趣意だと云うが、どうやら夜陰のこの業体は、魑魅魍魎の類を、呼出し招き寄せるに髣髴として、実は、希有に、怪しく不気味なものである。 しかもちと来ようが遅い。渠等は社の抜裏の、くらがり坂とて、穴のような中を抜けてふとここへ顕・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・しかし手証を見ぬことだから、膝下へ呼び出して、長煙草で打擲いて、吐させる数ではなし、もともと念晴しだけのこと、縄着は邸内から出すまいという奥様の思召し、また爺さんの方でも、神業で、当人が分ってからが、表沙汰にはしてもらいたくないと、約束をし・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・家内を呼出して、両方から、そっと、顔を差寄せると、じっとしたのが、微に黄色な嘴を傾けた。この柔な胸毛の色は、さし覗いたものの襟よりも白かった。 夜ふかしは何、家業のようだから、その夜はやがて明くるまで、野良猫に注意した。彼奴が後足で立て・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「汝、俺の店まで、呼出しに、汝、逢曳にうせおって、姦通め。」「血迷うな、誤解はどうでも構わないが、君は卑劣だよ。……使った金子に世の中が行詰って、自分で死ぬのは、間違いにしろ、勝手だが、死ぬのに一人死ねないで、未練にも相手の女を道づ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・まだ青木から餞別でも貰おうという未練があったので、かれを呼び出しに行ったのだが、かれは逃げていて、会えずにしまったらしい。 妻は跡に残った新芸者――色は白いが、お多福――からその可哀そうな身の上ばなしを聴き、吉弥に対する憎みの反動として・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・俺は、そのふとったうまそうな人間を、家の外へ呼び出してやるから。」といいました。 おおかみは、黙っていました。そして、おじいさんに、飛びつこうとはしませんでした。おじいさんは、自分のいったことが、おおかみにわかったものかと、不思議に思い・・・ 小川未明 「おおかみをだましたおじいさん」
・・・これを子供の心から呼び出して成長させることが一番大切な事である。そしてそれは形の上の教育では到底不可能なことである。 概念的な教育、束縛的な倫理観が、健全な真実な教育上にどれ程禍しているか分らない。又この頃自由教育云々に就てある知事とあ・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・警察から呼出し状が出て出頭したということだった。三日帰ってこなかった。何のための留置かわからなかったが、やつれはてて帰ってきたお君の話で、安二郎の脱税に関してだとわかった。それならば安二郎が出頭しなければならぬのにと豹一は不審に思った。だん・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫