・・・ 人生 ――石黒定一君に―― もし游泳を学ばないものに泳げと命ずるものがあれば、何人も無理だと思うであろう。もし又ランニングを学ばないものに駈けろと命ずるものがあれば、やはり理不尽だと思わざるを得まい。しかし我・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そうして、その信ずるものの命ずるままに我々の生き方を生きようではないか。 貉を軽蔑すべからざる所以である。 芥川竜之介 「貉」
・・・「神の御名によりて命ずる。永久に神の清き愛児たるべき処女よ。腰に帯して立て」 その言葉は今でもクララの耳に焼きついて消えなかった。そしてその時からもう世の常の処女ではなくなっていた。彼女はその時の回想に心を上ずらせながら、その時泣い・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 途中から女の子に呼戻させておいて、媼巫女、その孫八爺さんに命ずるがごとくに云って――方角を教えた。 ずんぐりが一番あとだったのを、孫八が来て見出したとともに、助けたのである。 この少年は、少なからぬ便宜を与えた。――検する官人・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・元治年中、水戸の天狗党がいよいよ旗上げしようとした時、八兵衛を後楽園に呼んで小判五万両の賦金を命ずると、小判五万両の才覚は難かしいが二分金なら三万両を御用立て申しましょうと答えて、即座に二分金の耳を揃えて三万両を出したそうだ。御一新の御東幸・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と命ずる。自分だけが命ぜられたツモリで各々一生懸命になって骨を折ってると、イツカ互に同士討している事が解るから誰も皆厭気がさして手を引いてしまう。手を引くばかりでなく反感を持つようになる。沼南統率下の毎日新聞社の末期が惰気満々として一人も本・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・天子さまは、日ごろから忠義の家来でありましたから、そんなら汝にその不死の薬を取りにゆくことを命ずるから、汝は東の方の海を渡って、絶海の孤島にゆき、その国の北方にある金峰仙に登って、不死の薬を取り、つつがなく帰ってくるようにと、くれぐれもいわ・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・ その仕組みがおもしろい、甲の手紙は乙が読むという事になっていて、そのうちもっともはなはだしい者に罰杯を命ずるという約束である。『もっともはなはだしい』という意味は無論彼らの情事に関することは言わないでも明らかである。 さア初めろと・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・二郎はかの方に顔を負け、何も知りたまわぬかの君は、ただ一口に飲みたまえと命ずるように言いたもう、そのさまは、何をかの君かく誇りたもうぞと問わまほしゅうわが思いしほどなりき。貴嬢が眼を閉じて掌を口に当て、わずかに仰ぎたまいし宝丹はげに魂に沁み・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・最初父はこれを許さざりしも急にかれの願いを入れて一日も早く出立せよと命ずるごとくに促しぬ。 昨夜治子より手紙来たり、今日午過ぎひそかに訪問れて永久の別れを告げんと申し送れり。永久の別れとは何ぞ。かれの心はかき乱されぬ。昨夜はほとんど眠ら・・・ 国木田独歩 「わかれ」
出典:青空文庫