・・・とある書窓の奥にはまた、あわれ今後の半生をかけて、一大哲理の研究に身を投じ尽さんものと、世故の煩を将って塵塚のただ中へ投げ捨てたる人あり。その人は誰なるらん。荻の上風、桐は枝ばかりになりぬ。明日は誰が身の。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・死ぬるがいいとすすめることは、断じて悪魔のささやきでないと、立証し得るうごかぬ哲理の一体系をさえ用意していた。そうして、その夜の私にとって、縊死は、健康の処生術に酷似していた。綿密の損得勘定の結果であった。私は、猛く生きとおさんがために、死・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・それを極むずかしい形式に現わすというと、自分のためにする事はすなわち人のためにすることだという哲理をほのめかしたような文句になる。これでもまだちょっと分らないなら、それをもっと数学的に言い現わしますと、己のためにする仕事の分量は人のためにす・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・そこで哲理的に論ずるとなかなか面倒ですから、分りやすいために実例で説明しようと思います。せんだって大学で講義の時に引用した例がありますから、ちょっとそれで用を弁じておきます。 ここに二つの文章があります。最初のは沙翁の句で、次のはデフォ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・そこで彼らは象徴詩にして哲理の書なる仏典の講義を聞いた。その神話的な、象徴化の多い表現に親しむとともに、それを具体化した仏像仏画にも接した。私は彼らの心臓の鼓動を聞くように思う。――彼らが朝夕その偶像の前に合掌する時、あるいは偶像の前を回り・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫