・・・と、教師は、「あれは、なんという鳥の剥製ですか?」と、唐突にききました。 下を向いて仕事をしていた男は、隣の屋根から、こちらを向いて、みょうな男が顔を出してものをいったので、気むずかしい顔を上げてみましたが、急に笑顔になって、「・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・君はこのごろ毎夜狂犬いでて年若き娘をのみ噛むちょううわさをききたまいしやと、妹はなれなれしくわれに問えり、問いの不思議なると問えるさまの唐突なるとにわれはあきれて微笑みぬ。姉はわが顔を見て笑いつ、愚かなることを言うぞと妹の耳を強く引きたり。・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・自分はその唐突に驚いた。かかる挙動は決して以前のかれにはなかったのである。自分はもう今日のかれ、七年前のかれでないことを悟った。『これは右手指といって、こういう具合にさすので、』かれは短刀を拾って後ろざまに帯にさした。『敵を組み伏せた時、左・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・おそろしい程深い蒼い川で、ライン川とはこんなのではないかしら、と私は頗る唐突ながら、そう思いました。ビイルが無くなってしまったので、私達は又、三島の町へ引返して来ました。随分遠い道のりだったので、私は歩きながら、何度も何度も、こくりと居眠り・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・私みたいな、不徳の者が、兵隊さんの原稿を持ち込みするということに、唐突の思いをなされるかも知れませんが、けれども人間の真情はまた、おのずから別のもので、私だって、」と書きかけて、つい、つまずいてしまうのだ。何が「私だって」だ。嘘も、いい加減・・・ 太宰治 「鴎」
・・・いかにも唐突な質問で、自分ながら、まずいと思った。英治さんは、苦笑を浮べ、ちょっとあたりを見廻してから、「まあ、こんどは、むずかしいと思わねばいけない。」と言った。そこへ突然、長兄がはいって来た。少しまごついて、あちこち歩きまわって、押・・・ 太宰治 「故郷」
・・・と語調を改めて呼びかけ、甚だ唐突なお願いではあるが、制服と帽子を、こんや一晩だけ貸して下さるまいか、と真面目に頼み込んだのである。「制服と帽子? あの、僕の制服と帽子ですか?」熊本君は不機嫌そうに眉をひそめ、それから、寝ころんでいる佐伯・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・頗る唐突な結論のようであるが、そうでは無い。その他には、この随筆から逃れる路が無くなっているのである。ちゃんとした理由である。私は、理由が無ければ酒を飲まないことにしている。きのうは、そのような理由があったものだから私は、阿佐ヶ谷に鹿爪らし・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・しかしこの芝居にはそんな因縁は全然省略されているから、鶏のまねが全く唐突で、悪どい不快な滑稽味のほうが先に立つ。 映画と芝居は元来別物であるから、映画のまねは芝居ではできない。そのかわりまた芝居でなくてはできないこともある。それをすれば・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・二 少し唐突な話ではあるが、旧約聖書にたしかヤコブが天使と相撲を取った話がある。 その相手の天使からイスラエルという名前をもらって、そうしてびっこを引きながら歩いて行ったというくだりがあったようである。その「相撲」がいっ・・・ 寺田寅彦 「相撲」
出典:青空文庫