・・・ン、これが別れ別れて両方後家になっていたのだナ、しめた、これを買って、深草のを買って、両方合わせれば三十両、と早くも腹の中で笑を含んで、価を問うと片方の割合には高いことをいって、これほどの物は片方にせよ稀有のものだからと、なかなか廉くない。・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・とが無いからである。戸が開くと、一番先きに顔を出したスパイが、妹の名を云って、いるかときいた。そのスパイは前から顔なじみだった。母は「いるよ。」と、当り前で云ってから、「あれがどうしたのかね?」と問うた。スパイはそれには何も云わずに、「いる・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・と藤さんが問う。小母さんも、「私ももう五六度写ったはずだがねえ。いつできるんだろう。まだ一枚もくれないのね」と突っ込む。それから小母さんは、向いの地方へ渡って章坊と写真を撮った話をする。章坊は、「今度は電話だ」と言って、二つの板紙の筒を・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・多分そのせいで、女学生の方が、何か言ったり、問うて見たりしたいのを堪えているかと思われる。 遠くに見えている白樺の白けた森が、次第にゆるゆると近づいて来る。手入をせられた事の無い、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そして何の権利があって、そんな事を問うのだか分からないとさえ思う。 とうとう喧嘩をした。ドリスは喧嘩が大嫌いである。喧嘩で、一たび失ったこの女の歓心を取り戻すことは出来ない。それはポルジイにも分かっているから、我ながら腑甲斐なく思う。し・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・一兵卒が死のうが生きようがそんなことを問う場合ではなかった。渠は二人の兵士の尽力のもとに、わずかに一盒の飯を得たばかりであった。しかたがない、少し待て。この聯隊の兵が前進してしまったら、軍医をさがして、伴れていってやるから、まず落ち着いてお・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・とおれは問うた。「昨日侯爵のお落しになった襟でございます。」こいつまでおれの事を侯爵だと云っている。 おれはいい加減に口をもぐつかせて謝した。「町の掃除人が持って参ったのでございます。その男の妻が拾ったそうでございます。四十ペン・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・これに達した径路は問う所ではないのである。実際科学上の知識を絶対的または究極的なものと信じる立場から見ればこれも当然な事であろう。また応用という点から考えてもそれで十分らしく思われるのである。しかしこの傾向が極端になると、古いものは何物でも・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・事業の成績は必ずしも問うところでない。最後の審判は我々が最も奥深いものによって定まるのである。これを陛下に負わし奉るごときは、不忠不臣のはなはだしいものである。 諸君、幸徳君らは時の政府に謀叛人と見做されて殺された。諸君、謀叛を恐れては・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 六月下旬の或日、めずらしく晴れた梅雨の空には、風も凉しく吹き通っていたのを幸、わたしは唖々子の病を東大久保西向天神の傍なるその居に問うた。枕元に有朋堂文庫本の『先哲叢談』が投げ出されてあった。唖々子は英語の外に独逸語にも通じていたが、・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
出典:青空文庫