・・・此の色彩的な、音楽的な世界に立って楽しむという心、そこにも我等の胸に沁み入る誠実と淋しき喜悦とがある。又或るものは洗礼を受くべき暗黒轟々として刻々に破壊に対して居るという事実、此にも人生の誠の悲しい叫びがあると思う。 更に最後に言って置・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・ 好奇心は満足され、自虐の喜悦、そして「美貌」という素晴らしい子を孕む。しかし必ず死ぬと決った手術だ。 やはり宮枝は慄く、男はみな殺人魔。柔道を習いに宮枝は通った。社交ダンスよりも一石二鳥。初段、黒帯をしめ、もう殺される心配のない夜の道・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・その大金は喜悦税だ、高慢税だ。大金といったって、十円の蝦蟇口から一円出すのはその人に取って大金だが、千万円の弗箱から一万円出したって五万円出したって、比例をして見ればその人に取って実は大金ではない、些少の喜悦税、高慢税というべきものだ。そし・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・そうして、そのような愚直の出来事を、有頂天の喜悦を以て、これは大地の愛情だ、とおっしゃる十郎様のお姿をさえ、あさましく滑稽なものと存じ上げます。私も、もう二十五歳になりました。一年、一年、みんな、ぞろぞろ私から離れて行きます。そうしてみんな・・・ 太宰治 「古典風」
・・・種々雑多な苦痛や喜悦や、恍惚が、彼女の囲りを取囲むだろう。その中に、何か一つの重大な問題に面接しなければならない事に成ったとする。勿論彼女は驚く、疑う、解決を得ようとするだろう、大切な事は、この時彼女が終始自分を失わず、行くべき方向を遠望し・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ ジイドは、ソヴェトに対して抱いていた自分の信頼、称讚、喜悦をかくも深刻に痛ましく幻滅の悲哀に陥れ、労働者を欺いている者はソヴェトの一部の特権者と無能な国内・国外の阿諛者達であるとしている。「勝負はスターリンにしてやられ」民衆は悉く・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・地を這う蟻の喜悦から、星の壊る悲哀まで、無涯の我に反映して無始無終の彼方に還るのではございますまいか。 同じ、「我」と云う一音を持ちながら、その一字のうちに見る差が在る事でございましょう。考えて見ると冷汗が出ます。けれども、冷汗を掻くか・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・につましく鳴る喜悦のように表現されている充実感。「春来る」に流れ溢れている生活的な美感。「銀鱗」も、北国の五月、にしんの月の五月、まずしき生活の子供たちが生命のかぎり食べて肥ゆるなつかしき五月を溌剌とうたっている。暖くきらめく作者の感動は、・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・そして、最も興味あることは、かような健康な自然との関係がとり戻されたとき、私たちはその自然の中に人間の進んで来た足どりをまざまざと感じることで、ますます美感を複雑にし、豊かな喜悦を感じることである。今日のソヴェト文学作品のあるものは、「私は・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・者であると同時に歴史をつくりつつあるものであるという現実の価値をはっきりわがものとして感じとったとき、小さい一つの行動も深く大きいその自覚に支えられているとき、私たちは本当の勇気と堅忍との沈着で透明な喜悦を心に感じるのだと思う。 生の喜・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
出典:青空文庫