・・・一日に二円も収入のない安酒場の女だった。器量はよかったが、衣裳がないので、そんな所で働いているのだった。銭湯代がないから、五十銭貸してくれと、私に無心したことがある。貸してやると、その金で仁丹の五十銭袋を買うたらしい。一日二円たらずの収入で・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 早生れの安子は七つで小学校に入ったが、安子は色が白く鼻筋がツンと通り口許は下唇が少し突き出たまま緊り、眼許のいくらか上り気味なのも難にならないくらいの器量よしだったから、三年生になると、もう男の子が眼をつけた。その学校は土地柄風紀がみ・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・ ところが政元は病気を時したので、この前の病気の時、政元一家の内うちうちの人だけで相談して、阿波の守護細川慈雲院の孫、細川讃岐守之勝の子息が器量骨柄も宜しいというので、摂州の守護代薬師寺与一を使者にして養子にする契約をしたのであった。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・目鼻立のパラリとした人並以上の器量、純粋の心を未だ世に濁されぬ忠義一図の立派な若い女であった。然し此女の言葉は主人の昨日今日を明白にして了った。そして又真正面から見た「にッたり」の木彫に出会って、これが自分で捌き得る人物だろうかと、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・り花明らかに鳥何とやら書いた額の下へついに落ち着くこととなれば六十四条の解釈もほぼ定まり同伴の男が隣座敷へ出ている小春を幸いなり貰ってくれとの命令畏まると立つ女と入れかわりて今日は黒出の着服にひとしお器量優りのする小春があなたよくと末半分は・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・悪戯盛りの近所の小娘が、親でも泣かせそうな激しい眼付をして――そのくせ、飛んだ器量好しだが――横手の土塀の方へ隠れて行った。「どうしてこの辺の娘は、こう荒いんだろう。男だか女だか解りゃしない」 こう高瀬は濡縁のところから、垣根越しに・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・女の子、愛されているという確信を得たその夜から、めきめき器量をあげてしまった。三年まえの春から夏まで、百日も経たぬうちに、女の、髪のかたちからして立派になり、思いなしか鼻さえ少したかくなった。額も顎も両の手も、ほんのり色白くなったようで、お・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ もともと田島は器量自慢、おしゃれで虚栄心が強いので、不美人と一緒に歩くと、にわかに腹痛を覚えると称してこれを避け、かれの現在のいわゆる愛人たちも、それぞれかなりの美人ばかりではあったが、しかし、すごいほどの美人、というほどのものは無い・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・他の人が、私の器量の悪口を言うと、叔母は、本気に怒りました。みんな遠い思い出になりました。 太宰治 「五所川原」
・・・ と僕は思いました。器量の悪い女は、よくその髪をほめられると、チェホフの芝居にもありましたが、僕はこんな痩せっぽちで、顔色も蒼黒く、とにかくその容貌風采に於いては一つとしていいところが無いのは、僕だって、イヤになるほど、それこそ的確に知って・・・ 太宰治 「女類」
出典:青空文庫