・・・外の三四人が句切れ句切れに囃子を入れて居る。狭い店先には瞽女の膝元近くまで聞手が詰って居る。土間にも立って居る。そうして表の障子を外した閾を越えて往来まで一杯に成って居る。太十も其儘立って覗いて居た。斜に射すランプの光で唄って居る二女の顔が・・・ 長塚節 「太十と其犬」
三等の切符を買って、平土間の最前列に座った。一番終りの日で、彼等の後は棧敷の隅までぎっしりの人であった。一間と離れぬところに、舞台が高く見えた。 やがて囃が始り、短い序詞がすむと、地方から一声高く「都おどりは」と云った・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・だって、現代の馬鹿囃でしょう。獅子 「キティ颱風」でコミュニストが笑われていることに気のつかない見物人がいるのにはビックリしてしまったです。福田 英雄だと思って居りますよ。獅子 そうらしい。辰野 二十代の人は笑わないでしょう・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・街道の古い並木の下では赤い小猿が、手提琴の囃子につれて、日は終日帽子を振る。銀灰色の猫の児は今日も私のポーチで居睡っているだろう。 周囲は陽気で健康で、美しい。けれども今日は心が淋しい。重い苦しい寂寥では無い。今日の空気のように平明な心・・・ 宮本百合子 「追慕」
出典:青空文庫