・・・隣の部屋からキンキン早すぎる回転の安蓄音器が、きしりわめく。私は、そこまで読んで、息もたえだえの思いであった。 ヘロインは、ふらふら立って鎧扉を押しあける。かっと烈日、どっと黄塵。からっ風が、ばたん、と入口のドアを開け放つ。つづいて、ち・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・庵に文豪とたった二人、囲炉裏を挟んで徹宵お話うけたまわれるのだと、期待、緊張、それがために顔もやや青ざめ、同僚たちのにぎやかな声援にも、いちいち口を引きしめては深くうなずき、決意のほどを見せるのです。廻転ドアにわれとわが身を音たかく叩きつけ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・浮き、ふわりふわりと雲霧の中を掻きわけて進むというあんばいで、そのうちに転倒し、 わたしゃ 売られて行くわいな と小声で呟き、起き上って、また転倒し、世界が自分を中心に目にもとまらぬ速さで回転し、 わたしゃ 売られて行く・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ 頭脳がぐらぐらして天地が廻転するようだ。胸が苦しい。頭が痛い。脚の腓のところが押しつけられるようで、不愉快で不愉快でしかたがない。ややともすると胸がむかつきそうになる。不安の念がすさまじい力で全身を襲った。と同時に、恐ろしい動揺がまた・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・その先端の綿の繊維を少しばかり引き出してそれを糸車の紡錘の針の先端に巻きつけておいて、右手で車の取っ手を適当な速度で回すと、つむの針が急速度で回転して綿の繊維の束に撚りをかける。撚りをかけながら左の手を引き退けて行くと、見る見る指頭につまん・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・あるいは突然銃声が聞こえて窓ガラスに穴をあける、そこでカメラが回転して行って茂みに隠れた悪漢に到着するといったような、いわゆる非同時的な音響配偶によっていろいろの効果が収め得らるるのである。「西部戦線」の最後の幕で、塹壕のそばの焦土の上に羽・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・最後の場面ではこの兵士の行列は前とは直角だけ回転している。すなわち観客を背にして遠い砂漠の果ての地平線に向かって進行する。そうする事によってこのドラマの行く手の運命の茫漠たる事を暗示している。そうして観客の眼前でこの行列とそれに従うヒロイン・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・またもし蓄音機の盤を正常な速度の二倍あるいは半分の速度で回転させれば単に曲のテンポが変わるのみならず、音程は一オクテーヴだけ高くあるいは低くなってしまうのである。東京市民を驚かせるような強震が二日に一度三日に一度ずつ襲って来るとしたらどうで・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・と余の耳に髪剃を入れてぐるぐる廻転させている職人に聞く。「何だか、訳の分らないような、とぼけた事が書いてある本だがね」「一人で笑っていねえで少し読んで聞かせねえ」と源さんは松さんに請求する。松さんは大きな声で一節を読み上げる。「・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・る、かつて講釈師に聞た通りを目のあたり自ら実行するとは、あにはからんや、 監督官云う、「初めから腰を据えようなどというのが間違っている、ペダルに足をかけようとしても駄目だよ、ただしがみついて車が一回転でもすれば上出来なんだ」、と心細いこ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫